チフネの日記
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| 2004年07月20日(火) |
天使不二と王子 47 |
手塚と別れてから、僕は越前を探しに校内へと入った。 ここにいるかどうかはわからないが、まず手近な所から探そうと考えたからだ。 部室付近、コート、裏庭と彼がいつも昼寝してそうな所を重点的に見回る。
だが見付からない。
(次は校舎内か)
もし越前が青学にはいなかったら、校外も探すつもりでいた。 ただ心配なのは、探している間に越前も移動して入れ違いになるんじゃないかってこと。 それでも覚悟を決めている。 絶対に、彼を見付けようと。
(あれ・・・?)
こんな時間に、校舎から誰か出てくるのが見える。 よくよく目を凝らして、その人物を確認する。
(越前・・・?) 小柄な姿に、テニス部のレギュラージャージ。 間違いない、彼だ。
「越前?」 声に出して、呼びかける。
こんな都合良く出会えるなんて、あるのか。 何にしろ見付かったことに、ほっとして肩を下ろした。
しかし探しに来たと言う僕に、越前は手を振り払って逃げてしまう。 ついさっき振ったばかりの相手が、何しに来たという態度。 気持ちはわかる。 今更なんだ、と思っているのだろう。
でもこのままにしておく訳にもいかない。 手塚の話を聞いて、もう少し彼と向き合うべきだったんじゃないかと後悔している所為だ。
酷いことを言ったことは、わかっている。 僕にはそうするしか無かった。 彼の幸せの為だと、信じてたから。
でも、それが彼にとって本当の幸せかどうか。 手塚に言われ、僕の心は揺らいだ。
何が君にとって一番の幸せなのか。 直接聞くべきなんじゃないかって、思い始めたんだ。
全速力で走る越前の後を、見失わないように追う。 まだ届かない。 もっともっとスピードを上げて、追い掛ける。
後数メートルが届かない。 もどかしさに、舌打ちをする。
何か、周り込んで掴まえる方法は無いだろうか。 周囲を見渡して、そして。 横からカーブしてくる車に、気付いた。 ちょうど、越前が走ってる正面にぶつけってくる!
「越前、前っ!危ないー!」
叫んでも、もう遅かった。 衝撃は、避けられない。
「越前・・・」
人形のように道路へ転がった彼の元へ、急いで駆け寄る。
「しっかり。痛むよね、血がこんなに」 「先、輩・・・?」
弱弱しい声で、越前は僕がいる方を向こうとする。
「頭を動かさないで。血が出てるから」 そっと、手で制する。 動いた所から、また血が流れる。
「君、大丈夫か!?」
車から降りてきた男性が、こちらを見て叫ぶ。 人を撥ねてしまったことに、パニックを起こしているようだ。
「救急車を呼んで下さい、早く!」 僕の指示に慌てて携帯を取り出して、掛け始める。 すぐに、越前へと視線を戻す。
「俺、怪我してる・・・?」 「越前、喋らないで。傷、結構深いんだ」
頭から、血が流れてる。止まりそうに無い。 ハンカチを取り出して、そっと手を添える。
「ごめんね、僕が追い掛けたりしたから」 後悔しても遅い。 立ち止まって、見送っていたらこんな事にはならなかったのに。
項垂れる僕に、 「俺が勝手に・・・逃げたんすよ」と弱弱しい声が聞こえた。
「先輩、俺やっぱり、ただのチームメイトにはなれそうに、ないっす」 「もういいから。今は安静にしてて」 「振られた・・・今でも先輩が好きです」
そう言って、越前は微笑んだ。 青白い顔。出血の所為だ。
伸ばす手を、僕はぎゅっと握り締めてやった。
(冷たい・・・?)
越前の体から体温が失われていくのがわかる。 まさかと思うが。 このまま、死んでしまうなんてことになったら・・・!
嫌な考えに、汗が背中を伝う。
「越前?」
目を閉じて、浅く呼吸を繰り返している。 辛そう、なんてものじゃない。
「救急車はっ!?」 後ろを振り返って、声を上げる。
「すぐ、来るとは言ってたから・・・」 その途端、遠くから近付いてくる音が聞こえた。
「わかるように、通りに出て誘導して来る!」 「お願いします」
間に合うのだろうか。 血は、僕のハンカチを真っ赤に染めても、まだ止まらない。 こんなに血が出て、助かるのか・・・?
(嫌だ)
彼が死ぬなんて、考えたくない。 何の為に、彼の心を傷付けてまで突き放したのか。 全部、この先幸せに生きていくと信じてたからだ。 それなのに、今ここで人生が終わるなんて。
認めるものか・・・!
「君、救急車が到着したぞ!」
周囲の声は、もう聞こえていなかった。 僕の目に映っていたのは、今にも消えそうな越前の魂だけ。それだけ。
天使が迎えに来てからでは、遅い。 やるなら今しかない。
――――決して、人には見られないように。
「こっちです、早く!」 救急車から人が下りて来る。
人々の目があるこんな所で使っていけないと、わかってるけど。 それでも彼の命が助かるならと、癒しの力を解放する。
僕はどうなろうと構わない。 彼さえ、生きていられるなら。
痛いのと、気持ち悪いのと最悪な気分だったのに、 軽くなっていくのを感じる。
(何だろう、これ・・・)
そっと目を開けると、不二先輩の顔が間近にあった。
「先輩?」 「越前っ!」
どうしてかわからないけど、先輩が抱きついてきた。 苦しいくらいの、抱擁。
(夢、なのかな)
たしかに今日、先輩に振られたはずだ。 なのに、抱きしめられるはず無い。 都合の良い夢見てるんだろうと思ったけど、 嬉しかったからそのままにしておく。
「どういうことだ、これは」 「さっきまで血が出ていたじゃないか」 「今、何が起こったんだ?」
不二先輩の声じゃないざわめきに気付いて、そっちに視線を向ける。 救急隊員みたいな人と、知らない人とが俺と先輩を見て呆然としていた。
(そういえば、俺さっき怪我して無かったっけ!?)
ハッと、先程起きた事故を思い出す。 たしか車とぶつかって、血が出てたはず。 でも今はどこも痛く無い。 血も出ていない・・・・。
「先輩」 俺にしがみ付いてる不二先輩に、そっと小声で問い掛ける。
「ひょっとして、俺の怪我を治したのは先輩っすか?」
何故、こんな事を口にしたのか。 普通ならあり得ないって思うことだけど、ある出来事を思い出したからだ。
屋上で見付けた怪我した鳩。 でも、先輩が手に抱かかえた時はなんとも無かった。
あの時から、先輩がそんな力を持っているんじゃないかって。 心のどこかで思っていたから。
「そう、だよ」
先輩は否定もせず、俺を抱きしめたまま頷いた。
「やっぱり・・・そうじゃないかって思ったんだ」 「気持ち悪いとか、思わないの?こんな普通じゃないのに」 「思う訳無いっす。なんで、そんな事」
怒りながら、答える。 気持ち悪いなんて、思うはず無いじゃん。
「先輩は俺の恩人っす。・・・ありがとう。多分先輩が治してくれなかったら、危なかった」 「うん、本当に危ない所だったんだよ。良かった、君が生きていて良かった」
先輩、泣いてる? ぐずっと鼻をすする音が聞こえた。
「君、体は大丈夫なのか・・・?」
恐る恐る問い掛けてきた救急隊員の人の声に、体を起こす。
「大丈夫みたいっす」 「そんな!あれだけ血が出ていたのに!」
再びざわめく周囲に、不二先輩は俺からちょっと体を離して正面に向き合う形を取った。
「見られちゃった。でも僕は力を使ったことを後悔なんてしてない。 君が生きている。それが何よりも大事なんだって、胸を張って言えるから」 「え?」
やっぱり先輩は泣いてた。 濡れてる頬を手で拭って、俺に語り掛ける。
「ごめんね、君に酷いことを言った。 でも僕はこんな力持っている異質な存在だから。君とは一緒にいられないんだ。 言い訳にしか聞こえないけど、信じて欲しい。 それでも君の幸せを願っているのは本当だって」 「不二、先輩」
こんなこと言われると思わなかったから、声も出ない。 本当に夢じゃないのかな。
そんなこと考えて瞬きしている間に、急に先輩の体が霞んでいく。 まるで消えていってしまうような。
「え・・・・!?」
驚く俺とは反対に、先輩は淡々としている。 こうなることを、知っているみたいだ。
「君にずっと言いたかった言葉があるんだ。 もう最後だから、どうしても伝えたくて」 「最後、って何すか!ねえ、一体何が起こっているの!?」
それには答えない。
静かに、そっと笑うだけ。 穏やかな笑顔だ。
「・・・先輩、いなくならないで」
必死で訴えるけど、先輩の体はどんどん薄くなっていってしまう。
「越前」
優しい声で。
一番望んでいた言葉を、先輩が告げる。
「好きだよ」 「不二先輩っ!」
抱きつこうとしたけど、俺の腕は宙を掴んだ。
空気に溶けるように。 先輩は、消えてしまった。
チフネ

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