チフネの日記
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2004年07月18日(日) 天使不二と王子 45


振り払っても浮かぶのは、悲しい目をした彼の顔――――。


何もする気が起きず、帰宅してからずっとベッドに横たわっていた。
ここのところ塞ぎ込んでいる僕に、母は心配している。
それなのに表面上だけでも「大丈夫、心配しないで」と取り繕うことすら出来ない。

好きな子を傷付けて、平気を装うことなんて無理だ。

きっと‘人’ならこれが普通の反応。
でも僕は不二周助として生きているけど、本当は天使で。
一個人にこんな気持ちを抱くことは、間違っている。

間違っているんだと、もう一度自分に言い聞かせる。

それでも痛む心は、変わらないけれど。





着信の音に、体を起こす。
鞄の中に入れてる携帯からだ。
もたもたしている間に、留守電に繋がったようだ。
正直誰とも話したくなかったので、ほっとする。
が、再び着信音が響く。

「誰だよ」

間をおかず掛かってきたということは、同一人物からだろう。
このままだと出るまで、また掛けてくるに違いない。
面倒くさそうに僕は携帯を取り出した。

「手塚か」

よりによって、一番声を聞きたくない手塚からだ。

越前と、この先の未来を歩める人。

八つ当たりとわかっていても、こんな時にと顔を歪める。

「もし、もし」

大方用件は関東大会のことだろう。
抽選でよっぽどまずい所が当ったか。
そんなこと明日でいいのにと思いながら、出る。

「不二、今いいか」
「何?いいけど手短にしてもらえるかな。
今日はちょっと・・・気分が良くなくって」

早い所会話を切り上げたい為、つい素っ気無い態度を取ってしまう。
しかし次の手塚の言葉を聞いて、それどころじゃないと気付かされる。

「・・・そうか、なら単刀直入に言おう。越前がまだ家に帰っていないそうだ」
「え?」
「少し前に竜崎先生へ抽選会の報告をしに行った時、ちょうど越前の家から電話があった。
そろそろ戻っても良い時間なのに、未だ帰宅していないと」
「戻ってないって、どういうこと・・・」

別れた時に見た越前の姿を思い浮かべる。
俯いて、泣くことを我慢していたような辛い表情。
あれから彼はどこへ行った?

「それが一年の部員に電話した所、部室には一度顔を出したらしい。
ただ着替えもしないで荷物を出て行ったようだ。」
「それで、まだ戻って無いんだよね?」
「ああ」

自主練習するにしても、もう辺りは暗い。
まさか何かに巻き込まれたんじゃないかと、心配になる。

「不二、今出て来られるか?越前を探すのを手伝って欲しい」

ついさっき気分が良くないと言ったのを、嘘だとわかっているみたいに手塚はそんな事を言う。
ここで拒否することも、勿論出来たけれど。

「いいよ」

どうするかなんて、もう決めていた。


無事でいれば良いが、そうで無かったら。
最後に見たのが、あんな悲しい顔をした彼だなんて。
そんなこと、あってはいけない。


母に短く事情を告げて、僕は家を飛び出した。









手塚と待ち合わせをした校門前まで、全速力で向かう。
乾汁の罰ゲームがあった時でさえ、ここまで真剣に走らなかったというのに。
記録更新だ。


「不二、ここだ!」
「手塚っ・・・」

先に到着していた手塚が、僕を呼んだ。

夏とはいえ、もう周囲は暗くなっている。
部活動もとっくに終わっている時間だから、他に人影もいない。

「越前は?どの辺りまで探したの?」

当然、手塚は他のメンバーにも声を掛けていると思っていた。

「いや、まだどこも探していない」
「探してない?」

手塚は首を横に振って、「まだ全員で探す段階では無いからな」と告げた。

「何それ。どういうこと?」
言ってる意味がわからず、手塚を見上げる。
ひょっとして越前が帰っていないとか、全部嘘なんだろうか。

けど、真剣な手塚の目を前にして冗談では無いらしいと、理解する。


「越前はたしかにまだ帰宅していないが、あいつの父親が探すことは無いと言っていた。
母親の方は心配していたが、ほっとけばその内帰るだろうと」
「でも、・・・帰らなかったら?そんな呑気なこと言ってていいの?」
「その時はもちろん探しに行くつもりだ。竜崎先生もいよいよの時は、声を掛けるとおっしゃってた」
「ちょっと待ってよ。じゃあ、どうして僕を呼んだりしたの?」

捜索するつもりが無いのなら、僕が呼ばれた意味は・・・?

眉を顰める僕に、手塚は一歩近付いてくる。

「不二、越前とどんな会話をしたんだ?」
「どんな、って」
「越前の行く先を尋ねた時、一年だけじゃなく桃城にも電話を掛けた。
あいつは部の中でも越前と親しいからな」
「それで?」
「越前が、お前の手を引っ張って行くところを見たそうだ」

言い訳は許さないといったように、手塚の視線が厳しいものへと変わる。

「その直後に部室に来たのなら、最後に会話したのはお前だということになるな」
「そんな証拠、どこに」
「・・・越前を見ていた俺には、わかる。
あいつが動揺するくらいの影響を持っているのは、お前くらいだ。そうだろう?」

手塚は、知っていたんだ。
越前の気持ちを。

鈍いと、思っていたけど。
好きな子のことは、さすがに気付いちゃうか・・・。

「何かまた越前を悲しませるようなことを、言ったのか?」
「・・・・・・・・」
「詳しくは聞かないが、多分越前はその所為でどこかで一人耐えているのだろう。
心が落ち着くまで、家にも帰らずたった一人で」
「それが、僕を呼び出したのとどういう関係があるの?」

聞く前から、答えはわかっていた。
でもあえて、質問する。

「越前を探してくれ。お前のやるべき事だろう?」
「ちょっと待ってよ、手塚」

冗談じゃないと、僕は声を荒げる。
なんの為に、彼を傷つけたのか。
きっぱり拒否する為だ。
迎えになんて、行けるはず無い。

「君が探せばいいじゃないか。越前のこと心配なんだろう?
だったら君がいけばいい」
「不二」
「大体どうして僕が親しくも無い越前を探さなきゃいけないわけ?
どうなろうと、関係ないのに!」

その瞬間、頬に鋭い痛みが走った。

「いい加減にしろ。こんな時まで自分の気持ちを誤魔化すのか」

宙に浮いた手塚の手を、ぼんやりと眺める。
平手だったのは、ただ目を覚まさせるだけが目的だったのだろう。

ぶたれたのは僕だというのに、手塚の方が痛そうな顔をしている。

「俺はお前が誰より越前のことを、考えていると知ってる。
取り繕う必要がどこにあるんだ?」
「何言ってるのか、わからないんだけど」

とぼけても無駄だと、僕自身もわかっていた。
亜久津の件で、越前を見ているように言ったのは他でも無くこの僕だ。

「何故嘘をつく。俺なんかより、先回りして越前を守ってやろうとしていただろう。
今だって、心配しているはずだ」
「違う・・・」

否定したけれど、我ながら弱弱しい声だ。

もう誤魔化すのにも、疲れていたのかもしれない。


「そこまで越前を避けたがる理由はわからないが・・・」

それまでの態度を換えて、手塚は僕をにらみつけた。

「お前の態度によって、越前は傷付いたんだ。
今回だけじゃない。前だって・・・。
だから今日は責任を持って見つけ出せ。いいな」
言い渡され、慌てて抵抗する。
「待って、手塚。僕が迎えに行くより、君が行った方がいい。
えだって、僕の顔なんて見たくないだろうから。
君が行って、家へ連れてあげて。お願い」
「お前は・・・まだそういう事を言うのか」

大きな、溜息。

「お前が素直にさえなれば、二人共幸せになれるというのに。
それともわざとなのか?越前を苦しめたいからそんな態度を取るのか?」
「まさか・・・」

そんなの欠片も望んでない。
出来れば僕だって、越前に優しくしたいよ。
突き放したくない。
彼が望むのなら抱きしめて、好きだって言いたい。

どれも、出来ないけれど。


「ただ、僕は彼に相応しくないから・・・」

天使は人といられない。
それを望んだら、どんな罰を受けるか。
越前、にも。
一番それを恐れている。

「君が越前と一緒にいるべきなんだ。僕にはわかる。
君こそが越前に相応しいと。
越前のこと、好きなんだろう?
だったら探し出すのは君の役目だ」

越前と等しく美しい魂を持つ手塚なら。
一緒にいるのに相応しい。

「いい加減にしないか」

すがる僕を、手塚は一蹴する。
低い、怒りの篭った声で。

「お前がそんなことを言うのか?
越前が求めているのは誰なのか、俺だってそれ位わかる。
それなのによく言えるな」
「・・・・・・・・・・」
「大体相応しくないとは、何だ?
誰が決めるんだ、そんなもの。
越前が聞いたらきっと怒るぞ」

知らないから言えるんだ。
決めるのは人じゃなく、天なのだから。

「本当にダメなんだよ。
僕といても、彼は不幸になるだけなんだ。
それはもう、決められているから」

だから、手塚に越前を迎えに行って欲しい。
僕が行ってはいけない。

俯く僕の肩に、手塚の手が置かれた。


「俺には、今の越前が十分不幸に見えるぞ」
「え・・・?」
「お前が側にいることが出来ない。
それだけであいつは十分布告だ。
逆を言えばお前さえいれば、幸せだということになるが・・・」

いつもコートで出すものと違う、
優しい声色で言われる。

「あいつはどんなことになってもお前といることだけを、望んでいるに違いない。
そのことは伝えたのか?
不幸になるから、一緒にいられないと。ちゃんと言ったのか?
言っても、あいつは構わないとお前の手を取るだろうがな」

そんなの、言えるはずない。
罰が下ると知って、僕と一緒にいて欲しいって・・・。
言える訳ないよ。


言えないけど、僕は間違っていたのかな?

越前までも巻き込むのが怖くて、彼を遠ざけようとしたけど。
結果的に、傷付けただけで。

もっと、向き合うべきだった?
どんな事になろうと、一緒にいることを彼が望んでいたかもしれないのに。

「越前ともっとよく話をする必要があるようだな」
「でも、僕は」
「見付かったら連絡しろよ。
それと出来るだけ早く探し出すように」
「ちょっと、手塚!?」

手塚の手が離れ、そして僕に背を向ける。

「俺はあいつの一番になれないのは、もうわかってる。
お前しか、だめなんだ」

それだけ言って、手塚は足早に去って行ってしまった。




チフネ