チフネの日記
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2004年07月17日(土) 天使不二と王子 44


手塚と大石が抽選会場に行ってることもあって、
放課後の練習は皆どこかいまひとつ身が入らないように見えた。
もちろん対戦相手がどこになるか、気になってるのもあるけれど。

竜崎先生はそれをわかってるのか、練習は厳しく指導してたけれど、
いつもよりも早い時間に部活を切り上げた。


「明日からはビシビシしごくからね!」
そう言って、今日はもう休むようにと言った。

明日の朝、どこと当たるか発表がある。
着替え中も、その話題ばかりだ。

「不二ー、早く終わったことだし。どっか寄って行かにゃい?」

ねえねえ、と英二に声を掛けられたが、僕は首を振った。
そんな余裕は無い。
寄り道して、天使に会うと思ったら怖くて。寄り道も出来ない。

「ごめん、今回はパス」
「えー」

不服そうに英二は唇を尖らせたが、「まあ、いいか」とあっさりと引く。
「今度は付き合えよ」
「うん」
「あ、桃ー、桃は暇だろ?」
「暇って、何すか英二先輩!」

どうやら桃を誘うことに決めたようだ。
二人のやり取りを聞きながら、僕は着替えを済ませた。

「お先に」

短く挨拶して、外へと出る。
早く、帰ろう。
うっかり天使に会っても、
目を背け耳を塞いで、見えない聞こえない振りをして。



「不二先輩」


俯いて歩き出そうとした直後だった。



「越前?」


レギュラージャージを着たままの越前が、僕の行く先を塞ぐように立っている。

越前の真剣な表情を見ながらも、
まだ一年生だから片付けも終わって無いから着替えていないんだろうな、
等と僕は見当違いなことを考えていた。


「ちょっと、良いっすか」

越前の言葉は、有無を言わさない、そんなようにも聞こえる。
断ることは出来ない、そんな力強さ。


「何?言いたいことでもあるの?」

精一杯、僕は返答する。
流されてはいけないと、自分に言い聞かせて。

「いいけど。早くしてくれる?急いでいるんだから」

多分、越前は僕が無視することの理由を聞きたいから、こんな待ち伏せをしたんだ。

間抜な僕は、越前の覚悟を見抜けていなかった。


「その、ちょっと来て下さい」

僕の冷たい言葉にも、越前は怯まない。
それどころか距離を詰めて、僕の腕をぎゅっと掴む。

「え、越前!?何を」
「すぐ済むから、ついて来て下さい!」

腕を掴んだまま、越前は走り出す。
引き摺られて、僕も一緒に走る。

小さな彼が、僕を引っ張って行く。
一体、どこに?

疑問に思いながらも、僕はこの状況に心を乱していた。

近付かないって誓ったのに、越前は僕を簡単に捉えてしまう。
本当は、手を振り解かなきゃいけないのかもしれないけど。

神様、話を聞くこと位は許されますよね・・・?


越前はコートの裏の校舎まで僕を引っ張って来て、やっと手を離した。


「一体、何?ここでなきゃ言えないようなこと?」
「はい。やっぱり・・・人前では、ちょっと」


一つ咳払いして、越前は僕の目を見る。
大きな力強い意志を持った、瞳。

この目に見詰められると、間違いを起こしそうになる。
好きだって、言ってしまいたくなるんだ。


「不二先輩」

それまで硬い表情から、一変して。
越前はふわっと、笑う。

思わず見惚れてしまう位の、綺麗な笑顔。

「ずっと伝えたかった。
俺、不二先輩のことが好きです」
「え・・・?」



イマエチゼンハナンテイッタノ?


冗談を言ってるようには、見えない。

好きです、と確かに耳に届いた。
越前が、僕を。
好き、だって?



手も足も唇も固まって、動けない。

ただ、背中を汗が流れていくのを感じる。


(僕だって・・・)


もし僕が天使じゃなく、ただの人として不二周助として生まれてきたのなら。
これ程嬉しいことって、無かっただろう。
大好きな人に、好きだと言われて喜ばない人がどこにいる?
きっと言われたら、「僕もだよ」って答えて抱きしめる。
そんな風にして幸せな日々が始まって行く。
それが人として、普通の反応。



でも、僕は天使だから。

君の気持ちに、応えることは出来ない。



思考が、クリアになる。
すべきことは、一つだ。
そう認識した瞬間、勝手に口が動く。



「それで?」

冷たい声。
自分のものと、思えないような。


「僕にどんな答えを期待してるの?」

越前は笑顔から、すぐに強張った表情へと変える。
そしてどこか諦めた悲しい眼差しを僕に向けた。


「俺は、ただ・・・今の気持ちを先輩に伝えたかっただけっす。
それだけで、何も考えてないから。答えとか、別に」
「そう。君は自分の気持ちを清算したかったんだね。
僕がそれを聞いてどう思おうかなんて、お構いなしに思いを打ち明けたんだ」
「そんな、そんなつもりは」


また越前を傷付けてしまうのは、わかっていた。

こんなに好きなのに、僕が悲しい思いをさせるなんて。
でもこうするしか、無いんだ。


「じゃあさ、今度は僕が今の気持ちを伝えることにするよ。
別にいいよね、君だって何も考えずに打ち明けたんだから」
「・・・・・・」
「迷惑、だよ。はっきり言って」


一瞬目を見開いた後、越前は顔を伏せた。
涙を堪えているようにも、見える。


「二度とそんなこと、口にしないと約束して。
いいね、僕と君はただのチームメイト。それだけだ」


僕の言葉で、越前がずたずたになっていく。
わかっていても、止められない。
ここで諦めさせなければ、いずれ越前にも災いが行く。

天使の僕と関わったばかりに、彼が不幸になるなんて。
それだけは阻止すべきだ。

それに今ついた傷は、いずれ癒されていく。
手塚がいれば、心配ないから・・・。




「わかり、ました」

越前は顔を上げない。
声を震わせながら、僕に約束をする。


「もう二度と言いません。これからも先輩と俺は、ただのチームメイトっす」
「うん。じゃあ、僕はもう今のこと忘れたから」


残酷な言葉は、そのまま自分の心に跳ね返ってくる。

越前はもう二度と僕を見ないだろう。
今度こそ。

そのことを思ったら体がふらつきそうになるが、ぐっと背を伸ばす。
越前に動揺していることを悟られてはいけない。


「さよなら、越前」
「・・・・・・・・さようなら。不二先輩」


足早に、僕は立ち去る。

早く早く、越前がいないところまで行くんだ。

そうしたら、崩れてもいい。
彼を傷付けた自分を罵ってもいい。
だから、早く一歩でも遠く急ぐんだ。





越前、ごめんね。

口に出せないから、心の中で何度も謝罪する。


君の幸せを一番に願っているけど、僕が隣にいることは許されない。
僕のことは、早く忘れて。
それが幸せへの一番の近道だから。



でも僕は、忘れない。
君が好きだと言ってくれた言葉も、表情も。
天に帰っても、忘れない。

好きだと言ってくれて、ありがとう。


絶対言えないけど。


僕だって君のこと、好きなんだ。

きっと、これから先も。




チフネ