チフネの日記
DiaryINDEXpastwill


2004年07月13日(火) 天使不二と王子 40





校内ランキング戦も、終盤。


皆が、注目している。
他コートに入っている部員以外、全員がこの試合に見入っていた。

勿論、越前も。


「手塚ゾーン!?」


打球を全て吸い寄せてしまう、その技。
そんな事を可能に出来るのは、青学で一人しかいない。

全く。
底が無い才能というのは、恐ろしい。


乾の顔からは余裕が無くなっている。
幾度対戦して来たが、本気の手塚を見て動揺しているようだ。

「よく見ておくといいよ」

ラケットが、わずかに下げられるのを見て僕は呟いた。

越前の視線は、ずっと手塚に向けられている。
彼もまた、手塚に匹敵する程の才能の持ち主。

「あれが本当の手塚の伝家の宝刀」

落ちたボールが弾まず、前へと戻って行く。

先程拾えたはずの乾のダッシュ力も通じない。

「滅多に見る事は出来ないから」

越前の目は、何一つ見逃さないとずっと見開いていた。
僕の声など、届いていようが関係無しに。


「さあ 油断せず行こう」

ここまで完璧な存在は、無いだろう。
青学を引っ張っていくのに、皆が従うのに相応しい存在。

「これが俺達青学の部長・・・手塚国光だよ」


眩しい位に、圧倒する魂の輝き。
彼の隣にいても、決して消えない位の。


越前が聞いていようが、どうでも良かった。
多分、僕は自分に言い聞かせていたんだと思う。


手塚がいるから、青学は上へ行ける、大丈夫だと。
そして越前を任すのに、相応しい人だと。


口に出して、そして一つ確認して行く。

越前の隣にいるべきなのは自分じゃなくって、
手塚なんだって。


虚しくなると、わかっていても。





「お疲れ様でしたー!」


部室の中は、手塚の試合と不在の桃城の心配との話題がずっと続いていた。
僕はさっさと着替えて、「お先に」と出て行く。

「不二ー、今日は付き合えねえの?レギュラー受かったお祝いしようって、大石とも喋ってたのに」
話し掛けて来た英二に、謝罪する。
とてもバカ騒ぎする気分になれないから。

「また、今度ね」
「そう言って都大会の打ち上げも付き合わなかったじゃんか・・・。具合悪かったからしょうがないけど」
「うん、ごめん」
「うー、じゃ!今度は不二の奢りで仕切り直しだにゃー」
「それは無理」
「ケチー」
「でも家でケーキ位なら出してあげれると思うけど?」

英二は姉さんのケーキを気に入っている。
絶対だからなと約束させられ、そしてやっと解放された。



「・・・・・・」



門を出て、辺りを見渡す。

あの日、以来僕は外を歩くのが怖くなっていた。

また、うっかり天使を見てしまったら。
今度は自分が運ばれるかもしれない。
天に迎えられるのでは無く、問題を起こさない為の強制送還。
その後、どんな裁きを受けるのか考えただけで気が滅入る。


「おい」

呼びかけられた低い声に、僕はびくっと体を揺らす。

「・・・・・・亜久津」

天使の歌声では無く人間の声だったので振り向く。
こちらを凝視してる銀色の髪、亜久津が立っていた。


「何びくびくしてるんだ?」
「別に」

こんな所に、亜久津が来ることがあるのだろうか。

まさか越前に危害を加えに来たのでは、と僕は身構える。


「君こそ、青学に何か用なの?」
「ああ、そうだな」


僕を見て、亜久津がくっと笑う。

「てめえとまだ決着ついてないだろ。その件だ」
「なんだ・・・」

亜久津の狙いは越前じゃなかったようだ。
それだけで、僕は体から力を抜いた。


「じゃあ、どこか移動する?ここだと目立ち過ぎるだろ」
「お前・・・?」

亜久津が目を瞠る。
どうでも良さそうに、僕は歩き出す。


「大会前に問題起こすのはまずいからね。人目の無い所まで来たら、好きにすればいい」
「なんだと」

追いついてきた亜久津が、気分悪そうに唸る。

「殴られる覚悟があるって、言うのか?ふざけるな」
「それで君の気が済むなら好きにしたらいい。僕は手を出すつもりは無い」
「てめえ、山吹に乗り込んできた時の気構えはどこへ行った!」

逆上する。
亜久津が僕のシャツを掴む。
少し体が上を向く。

でも、抵抗はしない。


「さあ、ね」
「・・・・・・・・・・・」
「がっかりさせた?だったら殴ればいい。それで気が済むなら」

どうでも、良かった。
自分が痛みつけられること位。


「腑抜けヤロウが」

腕を、突き放される。

「殴らないの?」
「今のお前に用は無い。ふざけやがって」

チッと亜久津は舌打ちをする。

「あの時のお前を呼び出すには、小僧を使うのが一番みたいだが」
その言葉に、僕は目を見開く。

それだけは許す訳にいかない。
越前を巻き込むのだけは、絶対阻止する。

僕の心がわかったのか、亜久津は忌々しそうに言う。

「小僧との決着はもうついたから、奴にはもう手を出さねえよ。
関わる気もねえ」
「そう・・・」

越前の前に顔を出す気は無いらしい。
ほっとして、胸を撫で下ろす。


「おい。あの小僧は守ってもらうようなタマじゃないだろう。
何故、お前がでしゃばって来たんだ?」

ここまで来て結局やる気も無い僕に失望した代わりに、
理由を聞きたいのか。
亜久津が、そんなことを切り出してきた。


「そう、だね。越前は守るような存在じゃない。わかってる」

知ってる。
越前がどれだけ強いかなんて、そんな事位。

「でも、動かずにいられなかった。
ただ思うようにやった、それだけだよ」


考えるんじゃなく、動いていた。
自分でも、驚いてしまう位に。

ただ頭にあるのは、越前のことだけで。


「小僧は、知ってるのか?お前が動いたこと」

首を振る。

「知ったらきっと怒るよ。勝手なことするなって」
「違いねえ」

亜久津の唇の端が、わずかに上がる。
笑っている、みたいだった。



「お前がいれば、小僧がどれだけ無茶しようが大丈夫だろうな」
「え?」
「今度乗り込んできたら、正面からぶちのめす。覚悟してろ」

それだけ言って、亜久津は僕に背を向けて行ってしまう。
もう付き合う気は無い、といったように。



「違うんだ」


聞こえないだろうけど、僕は声を出す。


越前の側にいるのは、他にいる。
しかし誤解を解く機会は、もう無いだろう。


(どうしようもないか・・・・)


周囲を見渡して、僕も家へと急ぐ。

寄り道も、脇目も振らず。
早歩きで。

またうっかり天使に会わったりしないように。


チフネ