チフネの日記
DiaryINDEXpastwill


2004年07月11日(日) 天使不二と王子 38


乱暴に、ドアを閉める。

その音に反応して、母が顔を出した。

「周助?どうしたの、一体」
「ごめん、ちょっと具合が悪いんだ」
「具合って?ちょっと、周助?」
「しばらく、寝てるから起こさないで」
会話もそこそこに、逃げるように自室へ飛び込む。


まだ震えが治まらない。
制服も脱がずに、布団に潜り込む。
体を丸めて、じっと落ち着くのを待った。




都大会優勝。
そのことに沸き立つチームメイト達から、自然にどこかでお祝いしようって話が持ち上がった。
付き合う気分になれなかったので、僕は体調不良を理由に欠席を申し出た。
心配して英二とタカさんは付き添うと申し出てくれたけど、それも断った。

手は、特に口出しもせず「そうか」と言っただけ。
越前の視線が向けられたのはわかっていたが、挨拶もせずに僕は輪の中から抜けて行った。


その、帰り道。
一人、バス停からの家までの道のりで見てしまった。

救急車のサイレンに、集まっている人々。
そして傍らには形が崩れた車。
――――事故だ。

野次馬する気分ではないので、その場を通り過ぎようとした。
だが、聞こえて来た何かに、僕は足を止めてしまう。

(歌?)

認識したと同時に、それはハッキリと耳に木霊する。
集まってる人達はそれに気付く素振りも無い。
そうだろう。
僕にも聞こえるはずじゃない、もの。

魂を運ばれる人を、読み取った天使の歌声。

恐る恐る僕は、事故現場へと顔を向ける。

(あれは・・・)
担架が、救急車の中へと運ばれて行く。
でも僕はもうその人が助からないことを、知った。
閉じたはずの救急車の扉から、幽霊のようにすり抜けした白い人影。
背を向けているから、はっきりと見える。
白い、羽。

人として生きてる僕には見えないはずの、天使が宙に浮いている。
まだ、歌声は続いている。
今、運ばれる魂から読み取れるたった一つの歌。

天使の姿は真後ろを向いてる為に、その表情は見えない。

が、不意に僕の視線に気付いたかのように。

ゆっくりとこちらに顔を向けた。

(・・・・っ!)

ぎゅっと僕は両手を握り締める。
汗が滲んでいるのがわかるけれど、それでも強く握る。
カタカタと、歯が音を立てる。
足も、震えている。

今、ある感情は恐怖しかない。

天使の顔じゃなく、そこには真っ黒な空間しか見えなかったからだ。
飲み込むような、黒の空洞。
そこから、まだ歌が流れてる。歌声は、美しいけれど。

(やめてくれ!)

耳を塞ぐ。
でも頭の中には、まだ歌が響いている。
あの闇に飲み込まれそうで、怖い。

目を閉じて、震える足をそれでもこの場から少しでも逃げようと一歩動かす。
一歩動いたら、もう一歩。
そして、早く早くと自分を急かして。
家まで走り続けた。



(あれは、警告なんだろうか?)

天使は追ってはこなかったけれど、存在が見えること自体がもう異常だ。

怪我を治す力と、美しい魂が見えるくらい。
他は、本当ただの人間と変わらず生きてきた。
14年も天使など見たこと無かったのに。
今になって、見えるなんて。

地上で問題を起こすなと、警告している・・・?
全て、天は見ているのだから。


(越前)
光り輝く彼を思い浮かべる。
目を閉じててもわかる、周囲を照らす程の美しい魂。

彼の未来を黒い闇に閉ざすことだけは、させるものか。
僕の所為で、越前も処罰を受けることになったと考えただけで恐ろしい。

どんなに傷付けても、僕といない方が幸せになれるのだから。
絶対に、僕は間違いだけは起こさない。









チフネ