チフネの日記
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2004年07月07日(水) 天使不二と王子 34

都大会後半戦会場。

集合場所でまだ来ないメンバーを、皆で待っていた。

「ね、不二。あれ!」
もうすぐ指定の時間になるという所で、英二が僕の袖を引っ張った。
「何?」
「おチビと手塚。こっち向かってる」
「・・・ホントだ」

越前はともかく、手塚がこんなにギリギリになって現れるのは初めてのことだ。

「手塚ー!にゃんでおチビちゃんと一緒なんだよー」
「菊丸先輩、重いっす・・・」

登場と同時に英二は越前に飛び付く。
重い重いと不平を訴えながら、越前が手をばたばたと振る。

「菊丸、越前が苦しがっているぞ」

手塚は、さっと手を英二の襟首に伸ばし、越前から引き離す。

「あー!俺とおチビの抱擁を邪魔した!」
「潰されるかと思ったんだけど・・・」
「もー、おチビったら照れちゃって」
「照れてない!」
「おいおい、それより全員揃ったことだし、選手登録に行かないか?」

場を取り成す為、大石が声を上げる。

「そうだな。行こうか」
「あ、そういえば手塚とおチビって途中から、一緒に来たの?」

手塚遅かったよね、と英二は手塚の顔をじっと眺める。

「ああ。そこで会った。それがどうかしたか?」
「んー、手塚が遅いのって珍しいからなんでだろうって」
「家の用事で少し遅れただけだ。時間にはちゃんと間に合っただろう」
「そうだけどー」

英二はまだ納得してないようだ。
でも手塚の普段と変わらない表情を見て、無駄と悟ったのか口を閉ざす。


「英二。どうかしたの?」

選手登録も終わって、第一試合を見ようかという話になった。

まだ黙り込んでる英二に、こそっと声を掛ける。

「不二。ねえ、どう思う?」
「何が?」
「手塚だよ!なんかねー、引っ掛かるんだ」
「だから、何が」
「おチビとのことに決まってるじゃん。
さっき見た時、一瞬手塚がおチビを迎えに行ったのかと思った。
違うって言ってるけど、二人の様子を見てるとねー」

ちらっと、英二は手塚の方を向く。

その近くには、欠伸している越前。

付かず離れずの距離で、二人は立っている。

「なんで、おチビってば手塚の側にいるの?不二、どう思う?」
「別にどうってことないんじゃない?
越前ってどこでもふらふら歩くから、手塚がそこにいるようにって指示しているだけでしょ。
今日は・・・・亜久津もここに来ているんだから」
「亜久津かあ。確かに危険だけど、おチビがそんなことで言うこと聞く?」
「部長命令だからでしょ。さすがに越前も手塚のことは一目置いてるようだから、
それくらいは守るんじゃないかな?」


思った以上に、手塚はきちんと越前の面倒を見ているようだった。

英二には適当に返事したけれど、僕は手塚が越前を迎えに行ったのは間違いないと見ている。
ちゃんと越前が亜久津と揉め事を起こさないようにと、あの堅物は使命に燃えているに違いない。


「そんな呑気なこと言ってていいの!?」
「英二?何焦ってるのか、さっぱりわからないんだけど」
「手塚だよ。ひょっとしておチビのこと、気になってるんじゃないの?
ああ!今もちらちらと見てるし!」
「だから、問題を起こさないか監視してるだけだって」

あれ、あの目が危ないと騒ぎ出す英二を宥める。

やれやれ。
英二も、手塚の態度に気付き始めたかな。

「おチビに好かれているって油断してて、手塚に取られたらどうするんだよ。
そうなって泣きついても遅いんだから」
「取れられるって、越前は物じゃないよ」
「もう!不二はもっと一生懸命になった方がいい、絶対!」
「英二。手塚が公私混同するような奴じゃないってわかっているでしょ。
妄想は止めて、試合を観に行くよ」
「なんだよ、折角不二のことを心配しているのに。
もう、もう・・・おチビとのこと応援してやらないからなー!!」

わああと叫んで、英二は大石の方へ行ってしまった。
不二がヒドイと大きな声を出す英二に、大石は訳もわからず「落ち着け」なんて言っている。

「不二。なにかあったのか?」
乾が怪訝そうな顔をして、尋ねて来る。
「別に。勝手に暴走してるだけ。ノートに書く程じゃないよ」
「これは失礼」

ふーん?と乾も意味ありげな顔をする。


手塚の気持ちも、僕のも、越前のもわかっているのだろうか。

(でも、僕の本当の心だけは誰にもわからないだろうけど)

手塚に越前を任せて安心している心と、
嫉妬している心。

矛盾だらけで、わかりはしない。誰にも。







第一試合は不動峰と、山吹の試合だ。

勝った方が決勝の相手になる。
青学と良い勝負をした不動峰がそう簡単に負けるわけないと、皆は予想していた。

けれど、蓋を開けてみたら試合は一方的なモノだった。


「事故だって?」
「遅れてきた4人が!?」

棄権する橘を見て、会場は騒がしくなって行った。

聞こえきた話によると、どうやら不動峰のメンバーが来る途中で事故にあったらしい。


「決勝は、山吹中で決まりか」
「不動峰ともやりたかったっすね」
事故とはいえ、後味の悪い試合の結末だ。
重苦しい雰囲気に包まれ、メンバーの口数が減っていく。


「棄権すんならハナからくるんじゃねーよバカ!」

聞こえてきたガラの悪い声に、顔を上げる。

「「亜久津・・・!」」
越前と英二が声を上げた。
「おい、あいつ何やってんだ?不動峰にも絡んでるのか!?」

ケンカになるのなら、止めようと僕らも移動する。

だけど、さすがは橘だ。
挑発に乗りそうになった神尾を止めて、亜久津など相手にしないようにと諭す。

「いくぞ」

ちょうど不動峰を迎える格好になっていた僕らに、橘はふっと笑った。

「手塚。ワリーな。関東までお預けだ」
「ああ」

関東では必ず勝ち上がって試合しよう。
込められた短い言葉に、手塚は真摯に頷く。


「やっぱりムカつきません?あいつ」
「ああ」

聞こえてきた越前の言葉に、僕はじっと様子を伺う。
まさかとは思うけど、この場で越前が亜久津を殴りかからないとも限らない。
その時は、絶対に止めなければ。
越前の為にも。


「ようこそ、青学のみなさん」

バカにするかのように、両手を上げて亜久津はにやっと笑う。

「おい、小僧。ちゃんと勝ち上がって来るんだろうな」

越前に向けて、挑発的な言葉を吐く。

「当たり前だろ」
「越前、相手にするな」

さっと手塚は越前の前に腕を出して、止めようとする。

「次の試合は銀華中とだ。そのことを忘れるな」
「・・・・・・」

不服そうな顔する越前に、亜久津はげらげらと笑い出す。

「お前、色んな奴に守られてるようだな。
そんなんで俺とタイマン張れるのか?」
「はあ?誰が守られてるって?」
「越前っ!」

再び声を上げる手塚に、越前はさすがにそれ以上何も言わなかった。

「皆も、もう行こう。そろそろ準備運動も始めないとな」

さあ、と亜久津から遠ざけるように、手塚は全員を促す。

「おい、待てよ」

当然、無視されてた亜久津は黙っていられないとばかり、こちらに数歩近付いてきた。

「おい、お前。今日は小僧のお守りをこいつに任せてるのか?
この間俺に啖呵切った威勢はどうした」

はっきりと、今度は僕に向かって呼びかける。

「え?不二?亜久津と会ったことあんの?」

どうなってるの?と英二は僕と亜久津の顔を交互に眺める。

「小僧に近付くなって言ってたよな?
だったら阻止してみろ」

一歩、二歩。また亜久津が距離を縮めてくる。

迎え打ったら、大会どころじゃなくなる。ここは逃げるべきか。
考えがまとまらないまま、また亜久津が近付く。

「不二先輩・・・・」

越前の声に、僕はちらっと横を向く。
心配そうな顔。
大丈夫。君には近付けさせないから。


「あー!亜久津!南っ、東方っ。こっち、こっちだって!」


緊張を破ったのは、千石の声だった。

「げっ、青学!あああ亜久津、もうみんな集合しているんだ、こっち来てくれ」
「ああ!?俺に命令するな!」
「いいから、行くよ!」
「おい、てめえら!」
追い立てようとする千石ともう二人に、亜久津が声を荒げる。

「俺に触れるな」

チームメイトにも手を上げようとした時。

「亜久津君、ここにいましたか」
「あ、伴爺っ!亜久津を頼む」

にこにこと笑いながら、山吹の顧問らしき人が登場した。

「試合をやれずに鬱憤が溜まっているのもわかりますが、
ここでは揉め事を起こさないで下さいよ」
「なんだと、ジジイ」
「さあ、皆さん。亜久津君を集合場所へ連れて行きましょうか」
「おい!」
「青学の皆さん、お騒がせしました」

軽く頭を下げて、顧問らしき人は亜久津の背中を押し始める。

わめいている亜久津と、温和な表情を崩さない顧問と、
青い顔しながら取り巻くチームメイト達。


彼らが遠ざかるのを見送って、
僕らは顔を見合わせた。

「今の、なんだったんだ?」
「さあ?」
「でも亜久津とケンカにならなくて良かったじゃん!
ちょっと俺、焦ったー」
「別に俺はやっても良かったけど」
「越前」
「スミマセン」

取り合えず、試合会場へ移ろうと歩き出す手塚に、
皆も一緒になって歩き始めた。



「それにしても亜久津って誰にでもケンカ売るんだな」
「ケンカなら負けないっすけど。やっぱりここじゃできねえよな。できねえよ」
「ところで、不二。亜久津のこと知ってるみたいだったけど・・・?」

タカさんの言葉に、全員の目が僕に集中する。

「ああ、ちょっとね。この間、偶然亜久津を見掛けたんだ。
で、話をしようと声を掛けたんだけど。
心配するといけないから、皆には言わなかったけど」
「不二ー!そんな大事なこと」
「ごめんって。出来れば謝罪をして欲しいって申し出たけど、
だめだった。話が通じないんだ」
「無茶するなよ、全く・・・」

胃を抑える大石に、悪かったと謝罪する。

黙ったままこちらを見る手塚に、僕は目を逸らした。

ばれてる、だろうか。
僕が亜久津に対して警告しに行ったこと。

越前も、黙っている。
無反応なようだけれど、内心どう思っているのだろう。

何か聞かれても、本当のことは勿論言うつもりは無い。
越前の為に行動したなんて。
絶対言えない。
好きだって言うのと、同じ位に。



決勝が山吹に決まり、亜久津と会ったことで僕らの士気も上がっていた。

銀華に勝ち、絶対に決勝へ行く。

それは当然向こうも思っていることで、
銀華の部員達も相当気合いが入っている表情をしている。

この試合、油断ならないと皆で目配せする。



「スミマセン、腹痛いんで、棄権します」

「へ?」



さっきの不動峰の棄権以上に、予期しないことが起きた。

銀華中。腹痛によりまさかの棄権試合。





「なーんか、拍子抜けしたー」

あっけない準決勝に、僕も少なからず力が抜けていた。

「準決勝は試合せず勝ったが、次はそうはいかない。
油断せず行こう」

変わらずガチガチな思考の手塚に、皆は引き攣った笑いを浮かべる。

あの腹痛、どう見ても不自然なものだった。
全員がそう思っているのに、手塚はなんの疑問にも持たないのかな?
・・・・手塚だからか。


「・・・決勝まで時間あるみたいなんで。俺、ちょっと走って来ます」
海堂が手を上げて、許可を求める。
「ああ。時間までには戻って来いよ」
「はい」
「英二。俺らもフォーメーションのチェックしようか」
「ほいほい」
「俺もー、準備運動しときますー!」
「あ、俺も・・・」

それぞれが決勝に向けて、気合いを入れ直し始める。

僕もちょっと走って来ようかと大石に言付けして、
会場の周りを走り始めた。

次のオーダーはまだ発表されていない。

山吹に対して、一体どんな組み合わせをするのだろう。


そんなことを考えながら走り続ける。

「不二先輩」
「越前!?」

後ろから追いついてきた人影に、僕は足を止めた。

越前だ。
すぐに僕の前までやって来た。

「何、やってるのこんなところで」
「・・・不二先輩が走って行くの見えたから、だから」
「ついて来たって言うの?」

こくんと越前は頷いた。

手塚に越前のこと見ててっていったのに、
一体何やってるんだ。
この間に亜久津と会ったら、どうなっていたのかわからないでもないだろうに。

「手塚は?君と一緒じゃなかったの?」

つい咎めるように言うと、越前は目を伏せてしまった。

「一緒だったんだけど、不二先輩の後を追い掛けて行くっていったら、
そうかって言ってました」
「・・・・・・・」

それで引き止めなかったのか。


『越前の危険を考えるのは、わかるが。
何故、お前が側にいてやろうとしない?』
『その方が、いいんじゃないのか』

ちらっと思ったことだけれど、手塚は越前の気持ちに気付いている?
だから僕の元へ行かせようと考えた?


(お人好し)

手塚は、そういう奴だ。
わかっている。

自分の気持ちよりも、越前の気持ちを優先させようと。
越前の望むようにさせようと、している。

そんな奴だからこそ。
僕は手塚に越前を託したいんだ。

たとえ手塚が越前の気持ちに気付いてたとしても、問題無い。
僕が越前を受け入れなければ、後は手塚が彼を受け止めてくれる。
その未来こそが、正しい。



「それで?わざわざ追い掛けてきて、何か用でもあったのかな?
昨日の試合の続きなら、大会が終るまでは無理だけど?」


わざとそんな言い方をすると、越前は困ったように言葉を詰まらせた。

「違います。
あの、さっきの亜久津のことなんですけど」
「亜久津?彼がどうかした?」

やっぱりさっきの話だった。
否定すべきことは、きちんとしなければと僕は身構える。

「俺の為なんですか?
亜久津と揉め事を起こさないように、亜久津に会いに行って。
部長に俺のことを見ててもらうように言ったのも。
どうして?
先輩は俺のこと避けてるようで、そのくせ気にしてくれてる。
ねえ、どうして?」

顔を上げて、越前はしっかりと僕の目を見た。

本当の答えを聞きたがっている、子供の目。
どこまでも澄んだ目に、正直に話してしまいたい誘惑に駆られる。

「不二先輩」

小さな手が、僕のジャージの裾を掴まれる。

催促する仕草に、決心を決めた。

嘘を付こう。
君の未来の為にも。
いずれ帰ってしまう僕なんかじゃなく、ちゃんと君の側にいてくれる奴を選んで欲しいから。


越前の手を、振り払った。




「君とは関係ない。
僕が亜久津を気に入らないってだけだ。たまたま会ったから、注意しただけで。
どうしてそこに君が出てくるの?
大会の為にも揉め事は避けなくちゃいけない。
少し、自意識過剰なんじゃないかな」

顔を見ないまま、一気に捲くし立てる。
これで後戻りは出来なくなった。

「そう、っすよね。
不二先輩と俺とは、親しくもなんともないんだから・・・。
勘違いしてたみたいっす」

語尾が小さくなっていく越前の声を聞いて、やっと僕は顔を上げた。

「変なこと言って、スミマセン。
俺、どうかしていたみたい・・・・」
「越前!?」

背を向けて、越前は走り出してしまった。

小さくなっていく姿を、僕は呆然と見ていた。

「泣いて・・・た?」

一瞬しか見えなかったけれど、越前の目には確かに涙が浮かんでいた。


僕の言葉に傷付いた、ってこと?
あの越前が?

そんなまさか。
僕が知ってる彼は、他人の言葉くらいに動じる子じゃない。
はね返す位の力を持っている。


でも、と考え直す。

『間違いないって!
多分、俺には言わないだけで、不二が尋ねていたら好きって認めていたよ。きっと』

英二は言っていた。
越前は僕のことを好きだって。

それが本当なら。
そして僕が思うよりも、越前が僕のことを好きだったとしたら?

いくらテニスの腕や意志が強いからと言っても、越前はまだ12歳の子供だ。
好きな人に冷たくされたら、悲しくなるだろう。
それが普通の反応。

逆の立場だったらと、考えてみる。

越前が僕に冷たい態度を取って、傷付ける言葉を言ったとしたら。


当然、悲しいと思うだろう。



「越前、ごめん・・・」

ごめん、と届かないけど、繰り返す。



君の気持ちに、応えることだけは出来ないんだ。

どうかこのまま僕を忘れて。

勝手な願いだけれど、君の幸せを祈っている気持ちだけは本当だから。


追い掛けてしまいたい足をぐっと堪え、空を仰ぐ。


神様。
彼の未来の為にも、
これで良いんですよね?


チフネ