チフネの日記
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| 2004年07月05日(月) |
天使不二と王子 32 |
一体、どこにそんな力が残っていたのだろう。 あの持久走の後だというのに、越前は鮮やかなスプリットステップを踏んでいる。
本当、なんて子なんだ。
思わず僕も本気になっていく。 知らず知らずの内に、本気で打球を追っていた。 そうでなければ、あのボールには追いつけない。
この時の僕の頭には、ほどほどに手を抜くなんて考えてもいなかった。
彼に引っ張られ、次第に本気になって行く。
「もうロブ上げなくてもいいっスよ!」
得意そうな越前の声。 まさか、あんな手を使ってくるとはね。
「とんでもない事するなあ。凄いね越前君」 「どーも」
こんな短期間でカウンターの一つを攻略してしまうなんて。 改めて越前リョーマという選手の才能を、見せてもらったよ。
これでまた試合の行方がわからなくなった。 さっきまでは僕が優位だったというのに。
突き放しても、また越前は追いついてくる。 滅多に味わえないスリルに、僕は心から夢中になっていた。
雨が降ろうが、止めるつもりは本当に無かったんだ。
「コラ〜ッ!いつまでやっとんじゃ!バカモン!」 竜崎先生の声に、僕も越前も動きを止める。 良いところだったのに。 しかしこれ以上続けさせてはくれない様子に、溜息を一つつく。
(この雨じゃしょうがないか。でも・・・)
同じ部内だからって、そう簡単に出来るものじゃない。 ましてや、僕は越前に自分から接触する気も無いし、 彼から申し込んできても断る気でいた。 必要以上、関わらない為に。
「残念だけど、この勝負おあずけだね」
二度と続きが来ないだろうゲーム。 それでもそんなことを口にする訳にもいかず、曖昧に誤魔化し終わりを告げる。
越前の方は僕がさっさと戦線離脱したのが気に入らないのか、 不服そうにぷいっと下を向いた。
「ずるいっすよ。自分が4−3で勝ってるからって。これからなのに・・・」 ぐちぐち言う越前に、竜崎先生は顔を顰める。 「つべこべ言わずにあがらんか!」 むぎゅっと両手で頬を掴まれ、越前もさすがにラケットを落としてしまう。
さっきまでコートで力強くラケットを振ってた越前と全く違う雰囲気に笑ってしまう。
「不二先輩、その内ぜったい勝負つけましょうね」 「リョーマ!さっさと着替んかい!」 「ハーイ」
竜崎先生に連れられて、越前は部室へ行ってしまった。 その場に残ってたんじゃ、まだ僕に食い下がると先生は判断したんだろうな。
僕も、部室へ戻ろうとコートから歩き出す。
(あれ・・・?)
ふと、フェンスの片隅に、雨だというのに立ってる人物に気付く。
ずっと、僕と越前のやり取りを見ていたのだろう。 そちらに足を向け、思ったことを尋ねてみる。
「ねえ、手塚・・・」 腕を組んだまま、手塚は僕の視線を真正面から受けて立っている。 「越前と試合した時、キミもこうだった?」
こんな、気持ち。 手塚は僕より先に越前と試合したから、知ってるはずだ。
誰にも言ってないはずだが?なんて顔をして手塚は答える。
「知っていたのか?」 「うん!なんとなく」 「そうか」
で、どうだったのか手塚は何も答えない。 僕の話、聞いてたはずなのにな。
けど追求をしないまま、僕も黙っていた。
手塚から越前との試合がどんなだったのか、やっぱり知らなくてもいい。
僕は今行われた、僕と越前との試合さえ覚えていればいいんだ。
「都大会が楽しみだね。越前のやる気は十分だろうし」 頷く手塚に、さも今気付いたように、声を上げる。
「そうだ。でもあいつには注意しておかないと。越前、目を付けられているんだろ?」 「あいつ、とは?」 「もう、忘れたの。山吹中の亜久津。越前に怪我させた奴だよ」
まさかとは思うが、越前が転んだだけという主張を鵜呑みしている訳じゃないだろうな。
「亜久津か。しかし大会中に何か仕掛けてくる訳じゃないだろう」 やっと話が繋がったみたいだ。 良かった、と思いながら話を続ける。 「わからないよ。試合の時だって、越前が殴られない保障がどこにある?」 「おい、そんなことしたら反則だろう」 眉間に皺を寄せる手塚に、わかってないなあと、僕は大きく息を吐いた。
「反則取られればそれで良いのかい? その前に越前の危険を回避しようとか、君は考えていないのか」 「どうしたらいいんだ」
だめだ。 手塚は本当にわかってない。 何かあったら遅いのに。
「まず、大会の間は越前を一人にしないこと。どっかで遭遇したら、またケンカになるかもしれないし」 「そう、だな。その可能性は否定出来ない」 手塚は素直に納得してくれた。 こういう所は、楽なんだけどね。
「その役目は、君がやってよね」 「何故、俺が」 うろたえる手塚に、僕は畳み掛けた。
「だって越前は君の言うことなら、聞くからね。 適当な理由つけて、俺の側から離れるなとでも言っておけば?」 「そんな事言えるか!」
何か違うこと考えてる手塚に、少し頭が痛くなってくる。 この程度のことも言えなくてどうする。 告白をしろとけしかけたら、手塚の神経が壊れてしまうんじゃないかと疑ってしまう。
「だから、必要なことなんだって。亜久津に越前が殴られるよりはマシじゃないか」 「しかし・・・」 「また転んだりしない為に、常に近くにいろとでも言っておけばいい。 大会前に怪我しないよう、見張ってるからなと越前に言えばきっと従うよ」 「そうか・・・?」 「もうトラブルを起こしたくないだろ。これも部の為なんだよ」
越前の為とは、言わなかった。 あくまでテニス部のことの為と言っておく方が、手塚も動きやすいだろう。
「わかった」 「うん。なら、決まりだね。大事なルーキーを頼んだよ、部長さん」
部長の仕事だから、と念押しすると、手塚は「ああ」と力強く頷く。 これで大会の間、越前は安全だろう。 亜久津が殴りかかって来ようが、手塚は越前を守り通すに違いない。 勿論、僕も影から見張るつもりだけど。 越前を直接的に助けるのは、手塚でなければいけない。
(例え、越前の気持ちが僕に向いていたとしても・・・・)
英二の言ってることだから、まだ決まった訳じゃない。
けど、もしそれが本当だったらと思うと怖ろしい。 罰を受けようが、彼を選んでしまおうとしてる自分の気持ちが怖いんだ。
その罰が、僕一人に課せられるものなら構わない。 けど、万が一越前まで巻き込んでしまうものだったら。 あり得ないなんて、誰にもわからない。
(イヤだ。そんなことは許さない。 越前の人生は、幸せに満ち溢れるものじゃなくてはいけないんだ)
それだけが、僕の願い。 叶える為なら、自分の気持ちは消してしまわなければ。
「不二」 「あ、何?」
すっかり自分の考えにはまっていた僕は、こちらを見ている手塚の視線に気付かないでいた。
部室へと歩きながら、手塚はぼそっと呟く。
「越前の危険を考えるのは、わかるが。 何故、お前が側にいてやろうとしない?」 「え?」 「その方が、いいんじゃないのか」
それだけ言って、前を向いてしまう。
何を言われたか、数秒考えて、僕は慌てて返事をする。
「だからさっきも言ったじゃないか。越前は君の言うことなら聞くって。 僕なんかじゃ、だめだよ」 しかし、手塚は首を振って否定する。
「俺にはそうとは思えない」 「どういう意味?」 「お前の話も、越前はちゃんと聞くんじゃないのか? 俺にはそう思える。さっきも、ネット越しにお互いわかりあえていたように見えた」
ぎくっと、頬を強張らせる。
手塚は越前のことをよく見ている。 英二のように何か思うことがあったのか?
しかし手塚がそれを恋愛感情に結びつけるほど勘の鋭い奴ではないと思い直し、 何気ないように肩を竦めてみせた。
「テニスに関して、越前が僕を認めたってだけじゃないの? それとこれとは話が違うよ」 「しかし」 「それにね。後輩の面倒を見るなんて、正直勘弁してくれないかな。 そういうのは部長の役目でしょ? 僕は試合前に、そんなことしたくないし。 有力な選手がケンカに巻き込まれるのはイヤだから、君に忠告しただけに過ぎないし」
勿論、本心からの言葉じゃない。 けどこの先もずっと自分の心にウソをつかなくちゃいけないのだから、 こんなこと言うくらいなんでもない。 そう自分に言い聞かせる。
「不二、本当にそう思っているのか」 「うん。だから越前のことは君に任せるよ。 後でトラブルが起きたって言われても、僕は知らないからね」 「・・・わかった。越前のことは、ちゃんと俺が見ておこう。 部長として、あいつの側にいる」 「そう。頑張って」
これからずっと、こんな風にウソを付き続けなければならない。
苦しいよ。
けれど、それも越前の為だと思えるのなら。 笑ってウソをつけそうな気がするんだ。
チフネ

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