チフネの日記
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2004年07月03日(土) 天使不二と王子 30

結局、僕は越前から亜久津を遠ざけることに失敗してしまった。
越前の性格から考えて、亜久津に係わらないように言っても無駄だ。
それどころか、ますます意固地になる可能性が高い。

『小僧にはもう言ってある。決勝まで来たら、遊んでやるってな』
亜久津の表情は、楽しんでるものに見えた。
決勝まで辿りついたら、越前を迎え討つ気だ。
さすがにコート内で殴りあいにはならないと思うが、
亜久津の危険な雰囲気からそれも否定できない。
都大会決勝は、一体どうなってしまうのか。

越前のことが、心配でたまらない。



翌朝になっても、そんなことばかり考えていた。
学校へ到着して部室へと歩く間も、頭の中では越前のことばかり。

そんな調子で上の空だったせいか、つい油断していた。

「不二、おはよー!」
後ろから思い切り背中を叩かれ、体が前へつんのめりそうになる。
「英二・・・・」
「今日も良い天気だにゃ!」
元気があり余ってると言った感じか。
・・・背中、痛いんだけどな。

「ねえ。挨拶するのはいいけど、もう少し手加減してもらえるかな?」
溜息混じりに苦情を訴えるが、英二は聞いていない。
一瞬で腕を僕の肩に回し、ぴたっと引っ付いてきた。

「不二っ。良ーいこと教えてあげようか。とっておきの情報なんだけど」
「別にいいよ」
「実は・・・って、反応冷たっ!」

さっと英二の腕を片手で剥がし、さっさと前へ進む。
時間に余裕はあるが、英二の相手をしてて「グラウンド10周」になったら困るからだ。

「ちょっと不二ー!?本当に良いことなんだって」
「悪いけどふざけている気分じゃないから」
「どーかした?」

そこでやっと英二は、全く乗ってこない僕の様子に気付いた。

「もしかして昨日の用事って・・・・家で深刻な事態にでもなった、とか?」
「そういうことは、ないよ」
少し笑って否定する。

しかし深刻な事態は、本当のことだ。
最も、言える訳がない。
山吹中に言って亜久津にケンカ売ってきたと言ったら、騒ぐどころじゃなくなる。
勿論、誰にも言うつもりはない。
千石はあの様子だと、僕が来たことは黙っていてくれるだろう。
ばらしたら、そこから亜久津がやったことも露呈することになる。
亜久津を探しに来た一年生にも、きっと口止めもしてくれてるはず。

「ちょっとね、昨夜寝たのが遅かったから疲れてるんだ」
適当に、誤魔化してみる。
英二は「そっか」とすぐに納得してくれた。

良かったと、ほっとする。

「なら尚の事、元気が出る話をしてあげよう」
「・・・・・・・・・・・・・・」

結局、付き合わないといけないらしい。
一日中聞いてと付き纏われるより、今聞いたほうが楽だと自分に言い聞かせ、覚悟を決める。

「何の話?」
僕がそう切り出すと、英二は「よしっ!」と拳を握って笑顔になった。
一体、何がそんなに嬉しいんだろ?

「うん、昨日ね。おチビちゃんと一緒に帰ったんだ」
「越前と?」
彼の名前が出たことで、何か嫌な予感がした。
英二の嬉しそうな顔と、越前の名前。
続きを聞かないでおこうかと思ったが、英二は喋り続けた。

「おチビって、本当不二のこと気にしてるんだよ。
昨日、練習休みだったこと知らないで、一生懸命捜してんの。可愛いよねー」

はあ、と曖昧に頷く。

僕のこと探していてくれたのか。
小さな彼が誰かを捜してきょろきょろしている姿を想像したら、
なんとなく笑ってしまいそうになった。
口に出したら怒られるに違いないけど、ひよこが母鳥を探しているイメージに重なる。

でも、なんで越前が僕を探していたんだろう。

「越前が僕を探していた理由って、知ってる・・・?」

尋ねてみたが、英二は「あれ?なんだったっけ」と首を傾げた。
どうやら知らないらしい。

「んー、俺はいつも通り不二のこと捜しているんだと思ってたからにゃー」
「いつも通りって・・・・?」
「不二。わかってて言ってるだろ。おチビはいつもいつも不二のこと見てる。
気付いてないとは、言わせない」
「・・・・・・・・・」

猫と似た英二の目が、僕を捉える。
少しの嘘でも見抜くかのような、目付きだ。


「不二もおチビを見てることも、知ってる。
お互い、一歩近付けば望む通りになれるよ。
もうさっさと告白しちゃえよ」
「ちょっと待って、英二」

早過ぎる展開について行けない。

どうかした?と言う英二に、僕は混乱しながらも一つの質問を出した。

「望む通りって?一体、昨日はどんな会話をしたの?」
「どんなって、おチビが不二を好きだってこと」
「彼がそう言ったの!?本当に?」
その一言に驚いて、思わず英二の肩を掴んで叫ぶ。

「ふ、不二?」
「ごめん・・・ちょっとびっくりして」
軽く掴んだつもりだってけど、実際は力を込めていたらしい。
痛そうに英二が顔をしかめるのを見て、慌てて手を放す。

「意外と力、あるんだよなあ。見えないけど」
「まあね。それより、越前が僕をって本当の話なの?」
恐る恐る、聞いてみる。

「それがおチビの奴。自分の気持ちに気付いてなかったみたいでさあ。
ハッキリ好きとは言わなかったんだよ」
「じゃあ、勘違いかもしれないじゃないか」

そうであって欲しい。
彼が僕を、なんてあってはいけないことだ。


「でも!間違いないって!
多分、俺には言わないだけで、不二が尋ねていたら好きって認めていたよ。きっと」
「そんな・・・・まさか」

越前は手塚を好きになって、同じ道を歩んで行く。

僕は確かに、そう願っていた。

もし越前が本当に僕を好きだというのなら、すぐにでも諦めさせなきゃいけない。

僕の為じゃない。
彼の為にだ。

仮の間、人として生きている僕にこれ以上関わらせちゃいけない。

今まで想いを寄せられたことは、何度でもある。
気持ちを察して、すぐに距離を置いて来た今までのように。
同じことをすればいい。


でも。

ただ一つ違うのは、僕も彼を好きだってこと。

突き放せる自信が無い。

それじゃダメだと、心の中で警告の鐘が鳴っているのに。

越前が僕を好きかもしれないと思うと、
嬉しくて、「僕もだよ」と言いたくなる。

叶えられない恋なのに、罰を受けても選び取りたくなってしまう。


「不二?おーい、聞いてる?」
「え、ああ・・・うん」
「そういう反応、おチビと似てるよな。
自分の世界に入り込んじゃうの」
「そんなこと、無いよ」

そうかあ?と英二が疑いの眼を向ける。

そんなやり取りしている間に部室の前に着いた。

入る前に、一言だけ、英二に釘を刺しておこうと口を開く。

「とにかく、越前のことは自分でどうにかするから。
これからはそっとしておいて欲しいんだ」
「しょうがないな。不二がそう言うなら、干渉しないで見守ってやる!
その代わり、上手くいったら報告はしろよ」
「うん。勿論」


頷いてみせたけれど、上手く行く日は来ないことを僕は知っている。

越前と僕との道は、永遠に交じることは無いのだから。

上の連中は、僕がこんな風に苦しむと知っててここへ降ろしたのだろうか。

(これを試練だと思って乗り越え、立派な天使になれって・・・?)

本当にこれが試練だとしたら、なんて残酷な辛いものなんだ。
人の心を知る、その時が今なのか。

こんな苦しい気持ちだったら、知りたくなんかなかった。



着替え終わって、英二と一緒に部室から出る。

「あ、おチビだー!」
「・・・・・・っす」

丁度今、越前は登校して来たらしい。
時間はもうギリギリだ。
そのせいか、少し息が乱れてる。

おはようと、僕は普通に挨拶しようと口を開きかける。

けれど、越前はちらっと僕の顔を見た後顔を伏せ、
駆け足で部室へ入ってしまった。

一瞬だったからよくは見えなかったけど、頬が赤くなっていたような気がする。

「あー、なんか意識しまくってる様子?」
「英二・・・・・」
「大丈夫だって!おチビをからかったりしないから!」






あーあ、と僕は肩から力を抜く。

どうしたらいい?

簡単に吹っ切れそうに、ないんだ。



チフネ