チフネの日記
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2004年06月30日(水) 天使不二と王子 27

(なんで、あんたがそんな風に言うの・・?)

痛む傷に絆創膏を貼って、登校した。
いつもよりギリギリの時間。
桃先輩と会うことも無く、少し走ったりもした。
足が重い理由は、一つしか思いつかない。

(今日はさすがに、部長からの追及があるんだろうな)

運良く?昨日の騒ぎの時に、部長はいなかった。
大石先輩には転んだと主張して通したけど、
部長じゃそうはいきそうにない。
部長の耳にはもう、入ってる。

昨日。
家に帰った後、俺の顔を見て驚いた母さんに連れられ、
病院へと行くことになった。
いいって言ってるのに、聞かなくって。しかもかなり怒っているようだったから、従うしか他になかった。
留守にしている間、部長から電話があったと、菜々子さんに聞かされた。
掛け直す勇気は、さすがに無かった。
どうせ学校へ行けば、また問い詰められるからその時でいいだろうと勝手に決めて、
さっさと寝ることにした。
俺が寝てる間も、電話があったらしい・・・。
だから、一番に呼び出しされるのは間違いない。
その為、ちょっとでもぎりぎりに間に合うかの時間に来たんだけど、
あんまり意味は無いとわかってる。
どうせ練習前に呼び出されることになるだろう。

(また色々、言われる・・・・)

あーあ、と姿勢が俯き気味になる。

あの人、やたらと俺を気に掛けているようだから、
こんな軽率な行動をして怒っているかもしれない。
部員を庇った(つもりじゃないけど。人の学校で好き勝手してた阿久津が気に入らなかっただけだ)ことについては、
咎められないとは、思う。
ただ、どうして他の人を呼ばずに、一人で立ち向かったことの言及は免れない。

(面倒だなあ)
思い切り眉を寄せた部長の顔が浮かぶ。
揉め事起こした罰で、グラウンド走らされたらイヤだ。

そんなこと考えながら、部室へ早足で歩く。
いい加減にしないと、遅刻で走らされる時間になってしまう。

「越前っ!」

不意に聞こえた声に、顔を上げる。
そこにいたのは、しばらく俺に近寄ろうとしない不二先輩だった。

「こんな、ヒドイことっ!」
ぎゅっと肩を掴まれてしまう。
「あの・・・」
「阿久津って奴がやったんだろう?一体、何の恨みがあって君をこんな目に合わせたんだ。酷過ぎるよ・・・」

いつもの不二先輩らしくなく、声を上げて喋っている。
冷静な余裕はそこに無い。

(なんで?俺のこと、見ないようにしてたくせに。
怪我したくらいで、そんなに変わるものなの?)

「えっと、先輩?」
「全く、忌々しい。同じ目に合わせても許せるなんてもんじゃないよ!」

ぶつぶつと阿久津に対して、怒りを向けてるような発言に唖然としてしまう。
これじゃ、本当に俺が傷つけられたことを怒っているように見えるんだけど・・・・。

「あれ?おチビ、と不二?」

菊丸先輩の登場で、呆然としてた意識が戻る。
未だ、先輩の手は俺の肩を掴んでいた。
それに気付いて、さっと抜け出す。

「俺はただ転んだだけっすからー!」
部室へと、急いで駆け込む。

「なんで?」
先輩が掴んでいた肩を、手で触れる。
そこだけやけに熱い気がする。
「今更、俺に構うんだよ・・・」

わけわかんない。
不二先輩って、最初からそうだったけれど。
知れば知るほど、わからなくなる。

先輩のことだけじゃなく、俺の気持ちも。

急に避けられて、腹が立っていたのは本当だ。
けれど今、焦ったように声を掛けてきた先輩に対して、
嫌な感情は一欠けらも無かった。

それどころか、
(嬉しい、って思ってる?)

自分に問い掛ける。

先輩に心配されて、声を掛けてきたこと。
また前みたいに話せるんじゃないかって、どっかで期待してる。
まさか、と否定しても、一旦浮かんだ考えは消えない。

「わかんない・・・・」
どうして、自分がそんなことを思うのか。



「おチビ!着替えは終わったかにゃー?」

勢い良く開けられたドアに、びくっと体を揺らす。

「菊丸先輩?」
「こらー!まだじゃないか!早くしないと遅刻扱いで走らされちゃうぞ!」
早く、早くと急かす声に、俺は慌てて着替えを始める。
そうだ、今はそんなこと考えてる場合じゃない。急がなきゃ。

「あー、あった!」

俺の真後ろで、菊丸先輩が声を上げる。
どうやら、忘れ物でもあったようだ。

「おチビ、着替え終わった?」
「なんとか」
いつもの数倍のスピードで着替え、ラケットを握る。
「じゃ、急ごう!もうそんな時間にゃいよー」
「え、ちょっと!」
菊丸先輩が俺の手を握って、外へと走り出す。
なんか、やたらと良いみたいだ。

「ぎりぎり間に合ったにゃー!」
ちょうど集合の声が掛かったところで、コートへと入る。
その瞬間、部長の顔がこっちに向けられた。

(あ・・・眉間に皺寄ってる・・・)

憂鬱なことを思い出し、とっさに顔を背ける。

「おチビ、行こっ」
「ハイ」

列に並ぶ時、こっそり菊丸先輩の後ろに付いた。
こんなことしても無駄なんだろうけど、出来るだけ部長と顔を合わさずに済ませたい。

(そうだ。不二先輩、は?)
目線だけで列のどこにいるか確認する。
俺のいる位置から、離れた場所に立っていた。

(さっきは声を掛けてくれたけど・・・また元の不二先輩に戻るのかな)
どうしてかわからないけど、俺のことを避けようとしてた。
だから俺も先輩のことを、気にしてやるもんかって思っていたのに。
やっぱり、前みたいに接したい。

(思い切って、聞いてみた方がいいんだろうか)

俺を避けてた理由を、教えてくれそうに無いにしても。
なら、今までみたいにして下さいって。
無理、なんだろうか。

解散の声が聞こえ、皆それぞれ散らばって行く。

部活の時間に、いつまでも不二先輩のことばっかり考えている訳にはいかないから、
俺も自分のメニューをこなそうと歩き掛ける。

「越前。話がある」
「部長っ!?」
何時の間にか背後に回っていた部長に声を掛けられ、つんのめりそうになる。
なんとか堪えて、振り返る。
部長は瞬間移動でもしたのか?って早さでそこに立ってた。
驚いても、しょうがないよね。

「昨日の件だ。練習の邪魔になるから、向こうで話そう」
「・・・・ハイ」

やっぱり掴まっちゃったよ。
これから説教の後、グラウンド走らされるかと思うと足取りも重くなる。
先を歩く部長の背中を追って、コート端へと移動する。

「大石から、だいたいのことは聞いた。
その怪我は転んだというのは、本当か」
「・・・・・・・」
返事に困ってしまう。
だいたいのことを聞いて、何故転んだことが本当か尋ねるんだろう。
阿久津が来たこと、知ってるんでしょ。
ここで俺がそうですと言ったら、部長の目の前でばればれの嘘を付くってことになる。
それでも聞くって、どうしたいんだろ。

「転んだだけっす」

部長の目を見て、真っ直ぐに伝える。
ここで俺の決意を曲げる訳には行かない。
あの阿久津って野郎は、決勝でケリを着けるって決めてるからだ。
今になって、ケンカして殴られたことで訴えるなんて事態にする気は無い。
たとえ、部長に嘘を付くなと怒鳴られても、だ。

数秒、部長と見詰め合う。
目を逸らしたら、負けだ。
俺の意志をしっかりと伝えようと、目に力を込める。

「・・・・そうか。その怪我は転んで出来たものに、間違いないな?」
「ハイ!」
大きく返事すると、眉間に皺を寄せてた部長の顔から、ふっと力が抜けた。

「わかった。この件に関しては、それ以上何も言わない」
「部長?」
拍子抜けするような言葉に、目を瞬かせる。
もっと、問い詰められるかと思ってたのに。

「ただし、今回だけだ。以後は見逃すつもりは無い。そのつもりでいろ」
「はあ・・・」
「全く。お前が怪我をしたと聞いた時は、心臓が止まるかと思ったぞ」

怒った表情なんかじゃなかった。
どっちかというと、苦笑って感じ?

「そんな、大袈裟な」
心臓が止まるなんて、と言うと、部長は真面目な顔して「本当だ」と答える。

「あれほど、トラブルには気をつけろと言ったはずだ」
「そう、っすね」
たしかにその件では、なんの言い訳も出来ない。

「こんなことになるなら、昨日は生徒会に出るんじゃなかったな。俺がその場にいれば・・・・」

なんだか責任を感じてるような発言に、俺は首を振る。

「不測な事態だったから、仕方ないっす」
「越前。もしテニスを出来ないような傷を負っていたら、どうしたんだ。
仕方ないじゃ済まされないぞ」
「スミマセン」

あ、そうか。
青学の柱を託した俺が、テニス出来なくなったら困るもんね。
部長として、心配するのも当然だ。

「勿論、テニスだけの問題じゃ無いが・・・」
「え?」

なんか今、考えていたことと、全く違う発言を聞いたような。
部長の顔を見ると、気まずそうに視線を逸らされる。

「ただ・・・俺はいつでもお前が無事であって欲しいと思ってる。
だから、もう怪我をするな。どんな小さな傷でもだ。頼む」
「・・・はあ」

でも小さな傷って、紙とかでも出来るんだけど。
それに試合中に、故意でもなくボールが当たったり、スライディングして膝を擦りむいたり。
そういうのも含めてだとしたら、滅茶苦茶な注文だ。

けど、必死で訴えてくる部長に、そんなことは言えなくって。
俺は曖昧に頷いてみせた。

「折角、瞼の傷が治ったというのに・・・」
また怪我したことを嘆いているのか、部長はそんな風に呟く。
そして、そっと左手で怪我に当ててるガーゼに触れる。

「痛むか」
「まあ、それなりに。でもテニスやるには支障無いっす」
「当たり前だ。もしそうなら、コートには入らせん」
「うわ、本気っすか」
「ああ」

頷いて、部長は手を引っ込めた。

「話はそれだけだ。いつものメニューに戻るように」
「ウィーッス」

さっきまでの柔らかい雰囲気と違い、引き締まった表情に戻った。
そっちの方が、部長って感じするなあ。

なんかさっきの部長は、違う感じがして、正直戸惑ってしまう。





(あ・・・、不二先輩・・・・)

コートで打とうと移動する途中、不二先輩の姿を発見する。

なんか、菊丸先輩と会話してるみたいだけど、
何話しているんだろ?

もう朝練では、喋る機会無いのかな。

菊丸先輩との会話に集中してるので、ちらっともこっちを見ない。

(今度、先輩が俺を見てくれるのは何時なんだろう)

無理矢理視にでも視界に入りたくなる。
そんなことを、考えた。


チフネ