チフネの日記
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2004年06月29日(火) 天使不二と王子 26

竜崎先生も、手塚も、昨日の件について何も触れなかった。
皆、知ってることだから返って不自然に思えたけれど、
公にしないって決めたんだと納得する。

(被害者の越前が転んだって主張してるから、なのか)

荒井と、もう一人怪我したっていう一年はどう思っているのだろう。
一番酷く怪我した越前が何も言わないから、彼等も黙っていることにしたのかもしれない。
都大会で決着をつけると、越前は言い張ったに違いない。
その思いを汲んでそうしたのなら、
(荒井も・・・後輩の意思を汲んでいるんだな)なんて思った。

各自のメニューをこなすようにと手塚の声が響き、それぞれに散らばる。

が、越前だけは手塚に呼ばれ、コートの隅へ移動して行く。
昨日、手塚は生徒会で不在だったはず。
越前のことを聞いて、問いたくなるのは当然のことだ。
相手は都大会で当たる他校生。
しかも越前はテニスで決着をつけると息巻いてる。
事情を聞くと同時に、一言言いたくなるのは当然だ。

当たり前のことなのに・・・僕はその光景を見たくなくて、すぐに目を背けた。
手塚と越前がいるのは当たり前なんだと思いながらも、
二人が一緒にいるのを苦しく思う矛盾。

いつ、解消出来るのか見当もつかない。
早く、二人がいることに慣れないと。
いずれ共に歩んで行く手塚と越前を見ても、笑っていられる位に。

「不〜二。何、ぼおっとしてるんだよ!」
「あ」
後ろから羽交い締めされ、僕は慌てて振り返る。
「おチビのこと、そんなに気になるのかにゃー?」
「そんなんじゃないよ」
背中に張り付いた英二をべりっと引き剥がし、小さく息を吐く。
「よく言うよ、さっき自分が何を言ったかちゃんと聞いてたし。
今だって、おチビのこと見ていたよな」
「英二・・・今、練習中だよ」
会話をしていたくなくて、僕はその場から離れようとする。

けれど、
「昨日の話聞きたくない?」
英二の言葉に、足を止めてしまった。

「おチビから直接話を聞いたんだよねー、俺。帰りも一緒だったんだ」
「英二・・・僕は」

そんなことに興味無い、と言おうとした。
でも続けることなく、ただ英二の顔を見る。

ここは否定するべきだ。
越前に興味も何も無いんだって。

「不二、知りたいんだろ」
「・・・・・・・・・・・・」
「後で、話してやるよ。今は、朝練に集中、集中っ!」

じゃ、っと英二はコートへと駆けて行ってしまった。

結局、僕は何も言えないでいた。
そうだよ。本当は知りたくてたまらない。
僕の知らないところで、昨日どんな事が起こったのか。知りたくてしょうがないんだ。
越前の、ことだから。

ふと視界に白い帽子が映り、顔を上げる。
手塚との話が終わったのか、越前が向こう側を歩いて行くのが見えた。

(結局、無視し切れないんだよね・・・)
すっぱり割り切れない自分に、溜息を付いた。



朝練が終了すると同時に、英二は僕の手を掴んで部室まで走って行った。
「早く着替えないと、話する時間無くなっちゃうよ!」
「英二、だから僕は話なんて」
「ほら、早く!不二も着替えて!」
急かされて、僕らはいつもよりずっと早く着替えを終えた。
そしてまた英二に腕を取られて、校舎へと走って行く。

「先生来る前だから、詳しいことは後でじっくりってことで」
「あのさ、英二」
「なーにー?」
大急ぎで教室に飛び込んで、すぐに席へと引っ張られた。
英二は僕の正面に来るよう、こちらに体を向けている。
「僕のこと、怒っていたんじゃなかったの?」
昨日の態度を蒸し返すと、英二は頭を掻いて笑った。
「あ、それもう取り消し!不二のこと、完全に誤解してたみたいで、悪かった」
「誤解、って?」
「とぼけんなよー」
ぱしん、と肩を叩かれる。・・・・ちょっと痛いんだけど。
「不二の本音はさっきちゃーんと聞いたもんね。そっか、おチビのことちゃんと想ってくれてたんだ」
「英二?話がよく、見えないんだけど」
「おチビを避けてたのは、自分の気持ちを知られたくなかったからだろ?
不二も好きな子に対しては、意外と臆病なんだにゃー」
「あの、それ違」
「大丈夫。おチビの反応見る限り、望みはある。俺が保障する」
ぶいっと、指を立てられて、僕は呆然とした。
「・・・・英二、望みってどういうこと?」
「もう、不二って鈍いんだから!言わないとわからないの?おチビもお前のこと気にしてるって」
「ええっ!?」
思わず立ち上がってしまった。
「不二?」
目を瞬かせた英二が、手で座るようにと指示する。
何人かのクラスメイトの視線を感じ、僕は再び椅子に座り直した。
「本当に、気付いていなかったんだ?」
「そんな、まさか。冗談だろ?」
「いーや。おチビは不二に気があるよ。間違いないね」
うん、うんと頷く英二に、僕は手で口を押さえた。

越前が、僕をだって・・・?
そんなこと、あるのだろうか?

「困るよ」

思わず本音を口にしてしまう。
勿論、英二が聞き逃すはずなく、「なんで?」と問われてしまった。
「不二だって、おチビのこと・・・好きなんでしょ?あ、もしかして先に告白されたら困るってこと?」
「そう、じゃなくって。だって、越前にはもっと相応しい相手がいるのに」
同じ位綺麗な魂を持つ、手塚。人である彼こそ、越前が選ぶ相手だ。
「はあ?不二、何言ってんの?相応しいとか、どうしてお前が決めるんだよ」
「・・・・・・・・・・」
「おチビの気持ちが一番大事だろ?不二がどう思おうが、おチビが選ぶのならそれでいいじゃん」
「でも、僕は・・・」
例え越前が僕を選んでも、その恋は叶わない。
天に帰る僕を望んだら、悲しい想いをさせてしまう。
彼には幸せになって欲しいと願ってるのに、僕が泣かせてしまうようなことはあってはならない。
英二は僕だって決め付けてるけど、本人から直接聞いたようでは無さそうだ。
まだ気持ちが固まってないのなら、それを変えてしまうようになんとかしなければ。

「あれこれ考えるなって。自分の気持ちに素直になれよ」
ぱしぱしとまた肩を叩いてくる英二に、僕は頷いて見せた。
それだけで英二は納得してくれるだろう。
しょうがない、よね。
素直になったら、彼を不幸にするだけだ。


「で、さあ。昨日、おチビが怪我した件だけど」
「あ、うん」
そうだ。今の越前が僕に気があるとかで、すっかり吹き飛んでた。
この話を聞きたかったんだ。

「俺が部活に顔を出した時、もうおチビは怪我の治療をしてた。
後から、同じように怪我した一年から聞いたんだけど。
おチビはどうやら最初っから、狙われていたらしい」
「山吹中の、阿久津って奴だよね」
こくっと、英二は頷く。
「狙われたって、相手は越前のこと知ってたのか?越前はどうなの?」
「おチビは阿久津のことなんて、知らないって言ってた。
だから試合会場で、知ってたんじゃないかと思う」
「そうか・・・でもどうして越前を?」
「それはわからない。おチビのテニスを見て、潰してやろうと単純に思ったのかもしれないし」
だとしたら、許せないと僕は強く思った。
試合で堂々と渡り合いたいと思うならともかく、学校まで押し掛けて怪我させるなんて。
眉を顰めた僕に、英二は「そうそう」と話を続ける。
「でね。おチビはとにかく大会でケリを付けてやる気満々だから、訴えることも出来なくって。
その日の練習はそのまま終わったんだけどね。帰りに俺と桃とで寄り道してる間に、偶然見ちゃったんだ」
「何を」
「タカさんの恋人」
「え?」
タカさんにそんな相手、いたっけ?
首を傾げる。いたら気付きそうなものだけど。本当に付き合い始めとか?
「そしてなんと、阿久津と三角関係らしいんだ」
「阿久津と!?」
今度はもっと驚いた。
よりによって阿久津と、その彼女と?タカさんに限ってそんな・・・。
ああ、でも彼女が阿久津と別れたがっていたなら、有り得る話かもしれない。
タカさんが阿久津の彼女とは知らず慰めている内に・・・・って、メロドラマじゃあるまいし。

何故、そんなことを知ってるかと尋ねたら、英二はあっさりと話した。
タカさんがデートの為、レストランに入っていったこと。
それを後付けて(乾も一緒だったって・・・何やってんの)、一部始終を目撃したんだって。

「タカさんが待ち合わせしてる相手が、その彼女と阿久津で。
何か話している内に、阿久津の奴、タカさんに水を掛けたんだよ!」
ひどいだろ、と英二は拳を握り締める。
「で、そのまま立ち去ろうとした時に、俺らのテーブルに近付いて・・・」
「何があったの」
「おチビ、阿久津の足を引っ掛けちゃったんだ」
越前らしい、と笑う気になれなかった。
本当に、あの子は自分からトラブルに飛び込んで行くというか・・・。
「阿久津は?また殴られたりしなかったの?」
「うん。なんか笑ってた」
「どういう、こと?」
「んとねー、決勝まで上がってこいって。おチビに向かって、そしたら相手してやるとかなんとか」
「そう。それじゃ向こうもやる気満々って訳だ」
「そういうことになるねー」

英二は、越前に決着つけさせようと思っているだろう。
きっと何の咎めもなかったから、竜崎先生も、手塚も、大石も。

「あ、先生入ってきた!」
また後で、と前を向いた英二の背中を見ながら、僕は考える。

そんな相手、もう二度と越前に近付けさせたくない。
彼は決勝で山吹と当たり、阿久津に借りを返そうと思っているだろうが、とんでもない話だ。
今度はあんな傷じゃ済まない可能性だってある。
無事でいられる保障がどこにある?

ぎゅっと拳を握り締める。

越前に想いを打ち明けることも、応えることも出来ないけれど、
守りたい気持ちは本当なんだ。
彼の意思に背いても、絶対近付けさせたりなんかしない。

(山吹中か・・・)
行動は早い方が良い。
でもまず、英二に阿久津の特徴を聞いてからだ。
それから山吹中に行ってこよう。
(謝罪、しても遅いけどね)

痛々しい越前の顔に張られた絆創膏を思い出し、僕はぎゅっと唇を噛んだ。


チフネ