チフネの日記
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2004年06月26日(土) 天使不二と王子 23

昼まで寝ていようと考えていたのに、
くそ親父が起こしに来たおかげで台無しになった。
折角の休みなのに、なんだよ。
気分は最悪。

無理矢理車に乗せられ、到着するなり荷物と共に放り出される。
「キャー!リョーマ様よー!」
でかい声に、思考が固まった。
コーチしてもらいって・・・・この二人のこと?

後で親父を締めてやる、絶対にだ!

しょうがないから、二人のフォームを見る。
ちょっとの間だけなら、退屈凌ぎになるだろう。

その後、竜崎の飛ばしたボールでとんでもない事態になるなんて、
その時の俺は何一つ予想していなかった。








「おかえりなさい。リョーマさん」
「ただいま・・・・」
「おいこら、青少年!あのボールはどうするんだ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぎながら後に続いて来た親父を無視して、冷蔵庫からファンタを取り出す。
聞いてんのか?と肩を捕まれた手を、払ってやった。

「いいじゃん。予備のボールを買ったと思えば」
「そうじゃなくて、誰が車から降ろすんだ!?」
「おじ様、どうしたんです?」

ただごとじゃない様子に、菜々子さんが目を瞬かせている。

「ちょっとね、ボールを大量にもらっただけ」
「まあ、どちらで?」
「そういえば名前聞いてない」

なんだったっけ、あの連中。
どっかの弱い学校だろ。もう2度と会うこともないから、気にする必要もないな。
え?と首を傾げる菜々子さんに、なんでもないよって返す。

「ちゃんと車から降ろしておけよ!わかったな!」
言い捨てて、親父は縁側に向かって行く。
「・・・・・・・・・・」
当然無視するに決まってる。
車使うのは親父なんだし、なんとかするだろう。
それより、ご飯前に風呂にでも入るかと考える。

コーチして帰るだけだったのに、思わぬ連中の相手して少し汗をかいてしまった。
やっぱり先に入った方がいいかな。

「菜々子さん、お風呂沸いてる?」
「はい。すぐに入れますよ」
「じゃあ、先入って来る」

どうぞ、と言った後、菜々子さんはちょっと待ってと俺を呼び止めた。

「そう言えば、先ほどリョーマさんに電話がありましたよ」
「え?誰から?」
「部長の、手塚さんって名乗られてましたが」

その名前にぎくっとして、風呂場に向かっていた足を止める。
やばっ。そういや昨日、ちゃんと休息を取っておけとか言われてたような。

呼び止められた時は、ばあさんの話してる間に欠伸してたのを怒られるのかと思ってた。
でも違っていて、部長は真顔で明日はきちんと休むようにと言ったんだ。
俺はそれに対して頷いたんだけど・・・。
今日やったことって、部長の言い付けを破ったってことになるのか?
即座に「グラウンド50周!」と言い放つ部長の顔が浮かぶ。

「菜々子さん。部長、何か言ってた?」
菜々子さんに尋ねると、
「また掛け直すって、おっしゃってましたよ」と返される。
掛け直し?
なんだろ。
緊急の用事でもあったのか?

そこへタイミング良く電話が鳴った。

「俺、出てみる」

多分、部長だって俺の勘が告げている。
噂をすれば、なんだっけ。
日本でそんなジンクスあったよなと思いながら、受話器を取った。

「もし、もし?」
「越前さんのお宅でしょうか?」
聞えてくる声は、紛れもなく部長のものだ。
「部長、俺っす」
何を言われるんだろ。
さっきまで出掛けていたこと、怪しまれてるのか。
それとも明日の部活のことで何かあるのか。
緊張しながら、受話器をぎゅっと握り締める。

「突然、電話などして済まない。
これは、その決してプライベートを詮索しようとか、そういう意味じゃないってことだけはわかって欲しい」
「は・・・あ?」

意味不明な前置きに、ぽかんとさせられる。
わかって欲しいって、何を?
あんたの言ってる言葉自体、わかんないんだけどと言いそうになるのを堪えた。

「えっと、何の話っすか?」

小さく咳払いした後、息を吐いているのが聞こえる。
そんな心構えが必要なこと言うのだろうか?
もしかして、また試合の申し込み・・・って、前の時は普通に告げていたような。

「今日は、そのしっかり休息を取ったのか?トラブルに巻き込まれていたりは、しないよな?」

やっぱりその件か。
ボールを大量に奪ってやった連中のことが頭に過ぎる。
まさか、見られていたってことは無いよな?
あ、でも見てたなら、部長は止めに来たはず。
じゃ、大丈夫か。

「何もありません」

さらっと答える。
明日、竜崎達に口止めしておこう。

「そうか・・・・そうだよな。良かった」

部長の声はものすごくほっとしているように、聞こえた。
そのことに、少しばかり心が痛むがもう取り消すことは出来ない。
でも、なんでこんなことわざわざ聞いてくるんだ?
他の部員、全員に休みを取ってるか確認の電話中?

「全員にそんなこと、聞いて回ってるんすか?」
素直に尋ねてみると、答えは返らず沈黙が続く。

「もしもし?部長?」
じれったくなって、呼び掛けてみる。

「・・・聞こえている。スマナイ。どう答えるべきか、迷っていただけだ」
「はあ」

なんか変なの。
部長って、普段はこんな風に迷ったような言い方をしないのに。
前に、送ってもらった時も話し方、変だった気がする。
一対一の付き合いが下手な人なのかなあ?

「明日、誰かに確認したらわかってしまうので言っておこう。
俺は、全員に休息を取っているかどうか確認を取っている訳じゃない」
「はあ。じゃあレギュラーだけ?」
「それも、違う」

また、それきり黙ってしまう。
段々、クイズのヒントを貰ってる気分になってきた。

「ええっと、じゃあ電話を掛けたのは、俺だけ?」
「・・・・そういうことになる」

なんで言い辛そうにしているのかが、さっぱりなんですけど。
要するに話半分聞いてるかどうかわからない後輩に、ちゃんと休息取ってるか確認してるだけなんでしょ。
心配症だなあ。
・・・・まあ、たしかに面倒を起こしてたけど。

「しょうがないっすね。部長から見たら、俺は問題児でしょうし」
「越前?」
「でも戦力に影響するようなことは、本当に何も」
無かったって、言うつもりだった。
けど先に部長の声に遮られてしまった。
「そういう意味じゃない。俺は部活やテニスに関係なく、お前のことが――」

そこでまた部長は言葉に詰まったみたいだ。
何度目かの沈黙を、俺からは何も促さず部長の言葉を待つ。
だって電話越しとはいえ、なんか焦ってるみたいな部長って面白いし。

「だからといって、詮索しようだなんてこれっぽっちも思っていない。それはわかるな?」
念押しされてもなあ。
そんなこと、部長に対して思うわけないじゃん。
ただ純粋に心配してくれてるんでしょ?わかってるよ。

だから素直に「ハイ」と答えた。

「そうか、ならいい」

詮索好きって思われるの、相当イヤなんだな。
はあ、なんて安堵の溜息がバッチリ聞こえてくる。

「済まなかったな・・・・色々、おかしなことを言って」
「気にしてないっすよ。俺の方こそ知らない間に心配掛けてるみたいだし。
こんな電話までしてもらって」

よっぽど俺のことで頭悩ましているに違いない。
もしかして俺が入学したせいで、眉間の皺が更に増えた可能性もあるんじゃないだろうか。

「いや、好きでやったことだ。その、電話して迷惑だったか・・・?」
恐る恐るといった声に、何で?と思いながらも否定する。
「別に迷惑とは思ってないっすよ。なんか面白かったし」
「面白い?」
「あー、えっとこっちの話」

支離滅裂な部長が面白いですとはさすがに言えない。

「だったら、また・・・電話しても、いいか?」
「え?別にいいけど」

また俺の行動の確認をするのか。
ここでイヤだって言ったら、今日のことも疑われそうだったので了承する。
それに部長だったら無駄な長話も無さそうだから、電話くらい構わない。

「そうか、ありがとう」
お礼言われるようなことかと首を傾げたが、まあいいかって適当に相槌を打った。

「それじゃ、明日の朝練に遅刻しないようにな」
「ハイ」

ふぅ。
受話器を置いて、一息つく。

今日のこと、ばれたら部長の血管は間違いなく切れるな。
気をつけよう。

お風呂に行く途中だったのを思い出し、歩き始める。

部長って、自分が一年だった時もこんな心配されたりしたのかな。
あ、でもあの人が問題なんて起こすわけないか。
きっとその時の部長は、安心していられたに違いない。

自分と違い過ぎるから、俺のことを気に掛けてるのかもね。
大変だな、なんてふっと笑いそうになる。

不二先輩に言われたせいで、俺を送ったり。
責任感がとても強い人だ。
その所為で損することも多そうだけど、本人は別に構わないって満足しそう。

少なくとも部長は・・・・不二先輩みたいに、ある日突然俺のこと興味なくなったなんて態度はしない。
そこにいるのに、見ない振りなんて。

って、なんで俺、部長と不二先輩を比べてんだろ。

そうだよ。
あんな中途半端に俺に関わってきて、知らんぷりしてる人のことなんて、もう考えるのやめるんだから。



『うん。誰とも、付き合う気は無いから』


それでも無視しきれないのは、あの時の先輩の顔があんまりにも寂しそうだったからだ。

不二先輩は、ずるい。
俺だけあの時の先輩の表情を忘れられずにいるのに、
俺のことなどこれっぽっちも見てくれない。

ずるいよ、と声に出して呟く。

どうしたら、俺も先輩のことを無視出来るんだろう。


チフネ