チフネの日記
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2004年06月18日(金) 天使不二と王子 16

傷が完治した俺を待っていたのは、
思いも寄らない「試合」だった。

「越前、お前は青学の柱になれ」
しゃがみ込んでいる俺に、部長は息一つ乱さずそう言った。




「おはよう、越前君。今日は早いね」
「あ、おはようございます・・・不二先輩」
今日は珍しく早く起床して、朝練の時間まで大分余裕のある到着だ。
真っ先に声を掛けてきた不二先輩は、早歩きで俺の隣を歩き始める。
「昨日と一昨日は」
「え?」
「急な休みだったね。具合でも悪くなった?」
「あ、いえ。ちょっと用事っていうか・・・」
心配そうな顔を向けてくる先輩に、嘘つくことが後ろめたくて目を逸らす。
昨日の試合の件、部長は言っていないらしい。
だったら俺が言い触らすのもためらわれるし、何より負けたってことが言いたくない。
しょうがなく誤魔化すことになるんだけど・・・。
「そっか、良かった」なんて言ってる先輩に、ますます罪悪感が大きくなる。
「偶然なんだけど、一昨日は大石も手塚も休みだったんだよ」
「え!?あ、ああ・・・・・二人も」
不意打ちの先輩の言葉に、思わずどもってしまう。
あれ?でも部長だけじゃなく大石先輩も?
「昨日は君と手塚だけが休みだったんだけど。用事が重なるってこと、あるんだね」
「はあ・・・・」
ひょっとして、何もかもわかった上で笑顔を浮かべているんじゃないだろうか?
そんな疑問すら浮かぶ。
だけどそれ以上先輩は昨日の件で何か言ってくることはなかった。


もういいけどね。
朝から無駄にテンション高いのにも、慣れて来た。
「おチビー、今日は早いじゃんー!」
ぎゅっと抱き付いてくる菊丸先輩の好きなようにさせておく。
下手にもがいても、力じゃ敵わないからだ。
「どうしたんだよ。昨日は1晩中起きてて、そのまま来ちゃったとかー!?」
「そんな訳ないでしょ」
一体、どんな思考してるんだよ。
心の中でツッコミを入れる。
「あ、大石ー!手塚、おはよ」
「おはよう、英二。と、越前・・・」
「・・・・・・・」
大石先輩は俺の顔を見て、少し驚いていた。
「見て見てー!今日はおチビちゃんがこんな時間に来てんのー。珍しいよね」
「早いな、越前」
「っす」
部長はずっと無言のままで、一瞬目が合ったけどふいっとどこかへ歩いて行ってしまう。
「雨かな?これは雨が降るのかな?」
「英二、その言い方はさすがに越前に失礼だろ」
「えー?そっかにゃー?」
頭上でごちゃごちゃ言っているけど、ほとんど聞えて来なかった。


部長を見た瞬間。

昨日の全てが、頭に浮かんでくる。

手塚国光の、テニス。


あまりにも衝撃的で、捕らえられた。






かしゃんという音に、俺は隣へ目を向ける。
不二先輩が、フェンスに背を凭れた音だったらしい。
それでハッと気付いた。
今はもう放課後で、俺はペットボトルを持ったまま突っ立っていたこと。
慌てて、ベンチにそれを置いて、ラケットを握る。
えっと、次が俺の番、だよな?

「心ここにあらずってところかな」
「え?」
聞こえて来た声は独り言のようだったけれど、不二先輩の方へ顔を向ける。
「ぼんやりしたままコートに入るのは、怪我の元だよ。
気を付けた方がいい」
・・・心配してくれてるってことかな?
軽く頷くと同時に、「次、越前!」の声が掛かった。

ラケットを握り直し、コートへ向かう。
雑念は外へ。
今は、目の前のボールに集中するべきだ。





昨日、一昨日の不在。
今日の越前の態度。
そこから僕が出した答えは、一つだった。
彼本人は気付いていないらしいが、
今朝からずっと手塚の方を見ていた。
どうやら手塚は自分が見られていることをわかっていたらしく、
なんとも不自然な動きで越前と目を合わすのを避けていた。
かなり不審だ。

手塚と越前が試合して、どっちが勝ったのかそれも予測できた。
今日の越前は手塚を見てる時はともかく、コートに入るといつも以上の気迫を見せた。
負けられないと、訴えているかのように。

彼は、手塚との試合を経てもっと強くなる。
予感ではなく、確信だ。

この先の青学を考えて必要なことを、越前に教えたのか。
いや。それにしても部長という枠は越えている。
きっと彼なら、全力で越前を負かしたはずだ。
肘のことすら、省みず。

そこには不純な気持ちなど一切入っていない。
ただ越前を導くだけの、伸ばされた手。

いずれ越前はあの手を取ることになるだろう。
遠くない、日に。

一段落したらしい。
越前は手の平で汗を拭いながら、無意識で手塚の姿を見ていた。

無理にでも彼の気を引きたくなったが、その衝動を堪える。
邪魔して何になる?

『先輩の前だけで』
勝気な瞳を向けた君。
顔を赤くして声を張り上げた君。
屋上で会った時、きょとんとした表情をした君。

これが正しい道なんだと、痛む心に気付かないよう蓋をした。


チフネ