チフネの日記
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2004年06月17日(木) 天使不二と王子15 日付は6月ですが・・

気になってるなら声くらい掛ければいいのに。

越前の姿を追ってる手塚を見て、僕は溜息をついた。
心配しているのは、手塚の様子からわかっている。
でもあれじゃ伝わらないだろう。
その証拠に、越前は手塚の視線に気付いているみたいで、
胡散臭げな表情をしていた。
きっとさぼらないよう見張られている、越前はそう解釈しているところか。

「不二、何見てんのー」
後ろから声を掛けてきた英二は、そのまま僕が見てる方へ視線を向けた。
「なんだ。おチビちゃん、球拾い中かあ。つまんなさそうにやってるー」
そういう英二も、越前がここにいないのがつまらなさそうな口調だ。
「しょうがないよね。無理させることは出来ないから」
「・・・・早く、治るといーけど」
「うん」

瞼に張られた白いガーゼ。

練習中、それは何度も視界に映った。






「お疲れ様でした!」
今日の練習が終わった。
最後までボール拾いに徹してた越前君は、解散と同時に欠伸なんかしていた。

「つまらなそうだったね」
不意に声を掛けると、びっくりしたみたいで大きく口を開けてこっちを見た。
「・・・不二先輩」
「久し振りのボール拾いはどうだった?」
すると彼は帽子を深く被り直し、不機嫌そうな声を出した。
「つまんないっす」
「やっぱりね」
くすくす笑うのが気に入らなかったらしい。
越前は唇をきゅっと噛んだ。
「でも怪我が治るまでは安静にしていないとね。ほんの少しの辛抱だよ」
帽子の上から頭を撫でる。
嫌そうな声で「ういーっす」と返事が返ってきた。

「あれ、越前・・・」
ふと彼が顔を上げた瞬間に、気付く。
「ガーゼがはがれかかっているよ」
「・・・・・・」
それがどうしたという表情。
「代えないの?保健室行こうか」
「別にこの位・・・・」
なんでもない、と彼が後退りする。
「家でやるからいいっす」
「ダメだよ。それまでにバイキンが入ったらどうするつもり?
治り、遅くなるよ?」
「うっ・・・」
言葉に詰まった越前の腕を掴む。
「じゃ、保健室行こうか」
「一人で行けるっす」
「君の場合、途中で引き返してきそうだから付いて行くよ」
「・・・・・・はあ」

ちっと小さな舌打ちが聞こえる。
これはちゃんと見張っておいたほうが良さそうだ。


「不二、・・・と越前?どうしたんだ」
おしゃべりしていた僕たちに、大石が声を掛けてきた。
離れた後方に、手塚がいてこちらを伺っている。
気にしているのか。
「あ、越前のこれが剥がれそうだったから、保健室に行こうかって話していたところなんだ」
「そうか。不二、頼むよ」

一瞬、用事があるから手塚に付き添うよう言ってやろうと思ったけど、
彼はくるりと背中を向け竜崎先生と乾がいる方へ歩いていってしまった。

全く。誰より気にしているくせに。

「それじゃ、行こうか」
「・・・・・・・・・・」
面倒と、顔に書かれた越前を連れて保健室へと向かった。






「誰もいないみたいっすね」
「そうだね」
保健室に来たのはいいけど、先生は不在だった。
席を外しているようだ。
「それじゃ、帰ります」
「え、越前?まだ何もしていないよ?」
「だって先生いないのに、することないじゃないっすか」
出入り口から半分出ようとする体を捕まえ、椅子に座らせる。
「・・・・・・・先輩?」
「何、逃げようとしてるの?」
顔を近付けると、越前はぷいっと逸らした。
「別に。先生いないから、どうしようもないじゃないっすか。だったらさっさと帰ってしまおうかと思ってただけ」
「生憎と先生が不在の間でも、これの交換くらい出来るよ」
つんとガーゼしてる横をつつく。
「勝手に触っちゃまずいんじゃないの?」
「大丈夫。後で先生には事情を説明しておくから。
何度か顔あわせしているから、その点の融通は利くんだ」
「へえ」
「それより」

いつも先生が使ってる椅子を持ってきて、越前の前に座る。

「どうしてガーゼの交換くらいでそんなに嫌がっているのかな?」
「別に」
「嘘」
まっすぐ越前は僕を見ていたけど、どこか避けてるようにも見える。

「もしかして、まだ痛むから・・・・?」

痛いということを、彼は口にしない。
人に心配を掛けたり、弱点を見せたくないらしいってことは、気付いていた。
強がりなところは部内でも負けないんじゃないだろうか。

「・・・・・・・」
「越前?僕の前では」
「わかってるっす」
憮然とした口調だった。

溜息を吐いて、越前の視線はやや下に落ちる。

「先輩の前ではちゃんと痛いって言わないといけなかったんだよね・・・」
「そうだよ。約束、してくれたよね?」
「だから、嫌だったのに」
「越前?」
「先輩がいる前じゃ、痛いって言うしかなくなるから・・・!」

顔を赤くして、越前は少し大きな声を出した。


「え?それって・・・」
「慣れてないから。その、人の前ではいつも平気な顔してたし」

ごにょごにょ言う越前を前に、僕は自然と笑みが零れた。

あの時言った言葉を、越前は律儀にも守ろうとしているのだ。
本当なら何事も無い顔をして、怪我なんて大したことないって装うはずが、
僕の前では出来ないと。
それが嫌だから保健室に来るのを躊躇ったのか。

「じゃあ、まだ痛むんだね」
そりゃそうか。あれだけの血が流れたんだ。
一日で簡単になんともなくなるはずない。

「まあね」
渋々、越前は頷く。

「だったら尚更きちんとしておかないと」
立ち上がって、僕はガーゼのある棚に近付く。
何度か来ているので、どこに何の備品があるかは覚えている。
置いてある鋏を使い、越前の瞼にぴったりな大きさに切った。

「消毒もしておいた方がいいね」
「・・・・・・・・・・」
そっと瞼からガーゼを剥がしていく。
越前はもう抵抗しない。

「ちょっと染みるよ?」
痛い思いはさせたくないが、仕方ない。
ピンセットを使い、トントンと傷口の上で消毒液を含ませたコットンで優しく拭いていく。
両目ともぎゅっと瞑った越前は痛みに耐えているようだ。

「痛い・・・?」
「痛い、っす」
「もう終わりだからね」
「・・・・っす」

誰もいない保健室に僕と越前の息遣いだけが聞こえる。

ガーゼを張り替え、ようやく越前の目が開けられた。


「これで良し。大丈夫だった?」
「平気っす」
新しいガーゼが貼られた部分に手を触れ、越前は小さくおじぎをした。

「不二先輩、ありがとうっす」
「早く、治るといいね」

こくんと、越前は頷く。

「皆、そう思っているよ。越前が練習にいないと、つまらないって」
「へえ?それって英二先輩が言ったんすか?」
「たしかに英二が言いそうなことだけど。言わなくても、そう思っている奴もいるよ」
「え?」
本気でわかっていないようで、考えこんでしまった。

やはり手塚の心配はまるっきり伝わっていないようだ。
・・・・・・だから口に出せば良いのにって、手塚には難しいか。

もしも手塚がちゃんと越前を心配する態度を取ったなら。

越前は僕にじゃなく、手塚に痛みを訴えるようになるのだろうか。

馬鹿馬鹿しい。僕は何を考えているんだ。
それが「寂しい」だなんて。
一瞬、思ってしまった。

「先輩?」
何時の間にか顔を覗き込んでいた越前に気付き、僕ははっと体を後ろに引く。
「どうかしたんすか?」
「ちょっとぼんやりしただけ」
「へえ」

くすっと、越前は笑う。
「先輩でもそんなこと、あるんだ」


越前の笑顔を見る度、僕の心は苦しいような、楽しいような気持ちになる。

それはあってはならない感情だ。
越前は、手塚と。
美しい魂同士、いるべきだ。それが正しい。

僕はいつか帰るのだから。
空の上へ。
君達とは相容れない存在なんだ。


チフネ