チフネの日記
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2004年06月15日(火) 天使不二と王子 13

お腹も一杯になったところで、急激に眠気が襲って来た。
少しだけ。
そう思って、机にうつ伏せになったところまでは覚えている。


薄く目を開けながら、左目の違和感にあれ?っと思った。
そうだ。眼帯しているんだっけ。
この怪我のせいでしばらく部活に出られないのも思い出した。
たいしたことないのに。
無理して出ようとしても、きっと止められるだろうな。
ぼんやりとそんなことを考えながら、まだ体は机に伏せたままだった。
このまま二度寝もできそうだ。

だけど、
「越前、起きているの?」
聞こえた声に、それまでぼんやりしていた意識が一気に覚醒する。
体を勢い良く起こすと、不二先輩が肘をついてこっちを見ていた。

「何してんすか」
さっきまでお寿司を食べていた席には、誰もいない。
皆どこいったんだろうと思うのと同時に、何故不二先輩だけが残っているのかが気になった。
「越前が起きるのを待っていたんだけど」
「え?」
「皆、2階にあるタカさんの部屋に移動したからね。
起きたら連れておいでって」
「・・・・どうして不二先輩が残っているんすか」
「酷いなー。目が覚めて誰もいなかったら、君が困ると思って残ったのに」
そうかな。俺としては、全然困らないと思うけど。
あ、誰もいないんだと適当に帰るだろう。
首を傾げた俺に、不二先輩はくすっと笑った。
「本当を言うと、目が覚めた君が勝手に帰るのを防ぐ為でもあるけどね」
読まれていたらしい。
「帰っちゃいけないんすか」
「君が来るの、待ってるよ。ゲームって気分じゃないなら、帰ってもいいけど、一言くらい挨拶はしてあげて」
「わかりました」
その言葉に従う気になったのは、たしかにあれだけたらふく寿司を食っておいて、河村先輩には「ごちそうさま」くらい言ってもいいかなと思ったからだ。後、ついでに他の先輩に挨拶すればいいんだし。
「あ、それと書いたのは僕じゃないからね。それだけは言っておく」
「何のことっすか?」
「家に帰って、確認したらわかるよ」
意味わからない言葉は気になったが、先輩が腰を上げたので、俺も続いて立ち上がった。




不二先輩の後ろについて、階段を上がる。
盛り上がっているようで、菊丸先輩と桃先輩の大声が響いていた。
あの人達、河村先輩の家だってこと、完全に忘れているよな・・・。

ガラっと不二先輩が襖を開けると、全員の目がこちらに向けられた。
「おチビ、やーっと起きたのかー!」
「遅えよ、越前」
こっち来いよと、桃先輩が手招きしている。
どうやらゲーム大会と化していたらしい。
海堂先輩までいるのは意外だ。
多分、他の先輩達の手前、先に帰ることができなかったのだろう。
「悪いけど、越前はここで帰るって。怪我している訳だし、皆いいよね」
俺がもたもたしている間に、不二先輩はさっさと断ってしまった。
「そうだな。今日はゆっくり休んだ方が良い」
すぐそこに座っていた河村先輩が、立ち上がって俺に優しい言葉を掛けてくれた。
「今日は沢山ごちそうになって、ありがとうございます」
「いいって。親父も喜んでいたからさ」
じゃあ、お大事にの言葉を言い終えた途端、菊丸先輩が「えー?」と不満声を上げる。
「おチビ、帰っちゃうの?つまんないー」
「英二。ほら、皆は気にせず続きやってて。越前、先に階段下りてて」
「はあ。あの、お先っす」
不二先輩に急かされて、来た階段を下りていく。
一番下まで到着した時、上から不二先輩が少し早足で下りてきた。

「さ、帰ろうか」
にこにこした笑顔を向けられ、一瞬頷きそうになる。が、堪える。
「不二先輩?」
「何?」
「どうして先輩まで帰るんすか」
俺が帰るのに、不二先輩がくっついてくる必要はない。
あそこで皆と一緒にゲームやっていればいいのに。
「俺、一人で帰れるっすよ」
ひょっとして、怪我している俺を心配して送って行こうなんて考えていないよな。
そう思って、不二先輩を見ると、さっきまでの笑顔が曇っていた。
「でもまだその状態に慣れていないから、危ないよ。
それに越前、ここがどこだかわかっている?」
「あ」
そう言えば、行きはおばさんに送ってもらったんだっけ。
どの辺りか見当はつくけど、バス停がどこにあるか正確にはわからない。
「でしょ。だから一緒に帰ろう?」

もう一度、二階に上がって誰かに帰り方を聞く手だってある。
だけど不二先輩の表情がやけに必至に見えて、「いいっすよ」と言った。
別に送られるくらい、どうってことないし。
「越前の荷物、これだったよね」
座敷に置きっぱなしだった俺のバッグを、不二先輩は引っ張り出した。
「え、俺が持つからいいっすよ」
「これくらい、させてよ」
先輩は、自分のバッグと俺のバッグを両肩に担いでしまった。
「持ってもらう程の怪我じゃないのに」
「いいから。僕の好きにさせて」
「はあ」
もう面倒くさくて反論するのを止めた。
持ってもらうの楽だし。

・・・でも先輩だって疲れているんじゃないかなあ。

ちらっと横に立つ先輩を見たけど、左側にいるせいで表情までわからない。








バスに乗って、越前の家の近くの停留所で降りた。
「ここでいいっす」
彼の言葉を無視して、僕は先に降りた。
「行こうか」
「・・・・・・」
はぁと息を吐いて、越前も歩き始める。
僕も小柄だけど、それよりずっと小さい越前の背丈。
その歩幅に合わせて、歩く。

「ねえ、越前」
「何すか」
欠伸しながら、彼は顔を上げた。
落書きされてる眼帯は、バスの中でも注目されてた。
これを見たらどんな反応するかな。
ちょっとその瞬間が見てみたいなんて、思う。

「傷、痛む?」
眼帯にふれないよう、頬の部分にそっと触れる。
「痛くないっす」
すっと越前の体が逃げた。
「嘘。あれだけ血を流して、痛くないほうが問題あるよ」
「本当に、もう痛くもなんともないっす!」
肩に伸ばした手も、払われる。
「一体、何に拘っているんすか」
越前はこちらに顔を向け、無事な方の目で僕をハッキリ睨んだ。
「俺が痛かろうが、先輩には関係ない」
「そう、だけど・・・」

流れてた赤い血。それでも試合すると言い張った強い意志。強いくらいの魂の輝き。

「今は試合の時じゃないよ?もう今は痛いっていってもいいから」
彼が痛いと言わなかったのは、試合に戻る為だけじゃない。
言えば、周りが騒ぐ、心配するからだろう。
「なんで不二先輩が痛そうな顔、してんの?」
「君が痛がらないからだよ」
「どういう理屈っすか」
右目を見開いた後、彼は表情を和らげ、小さく笑った。

越前の笑顔って、こんな可愛いものだったっけ?
ぼんやりと考える。

「ねぇ、越前。君がどうしても痛みを押さえてまで、試合したいと思ったのはわかるつもりだ」
「へぇ。本当に?」
「ああ。君は怪我なんかで試合放棄することは、望まない。キッチリ片を付ける。勿論君の勝ちでだ」
「・・・・そうっすね」
「でも今は試合中じゃない。痛い時は、痛いと言って良い。
君は弱みを見せる人じゃないだろうけど。いつもそれじゃ疲れる。
気を張り過ぎて君が壊れてしまうんじゃないかって、僕は・・・・」
何を言っているんだろう。
越前は真っ直ぐどこまでも強く突き進む。
支えなど必要無い。
隣にいるべきは、彼と高みを目指す存在で良いはずだ。

「俺のこと、心配してるんすか?」
へーっと、越前が僕の顔を覗き込んだ。
「そう、なのかな。あんまり君が無茶やるから」
「それはスミマセンでした」
また越前は笑う。今度は目の前で、声を上げて。

「それじゃこれから、痛い時は痛いって言います。先輩の前だけで」
「え?」
「これでいいんでしょ」
「ああ、うん・・・」
「ほんと、わけわかんない人」

僕の前だけで。
それを聞いた時、胸に何かがとさっと降りた感覚がした。

越前の笑顔を見る度、それは重くなっていく。





チフネ