チフネの日記
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| 2004年06月10日(木) |
天使不二と王子 10 |
汗だくになった体を引きずって、部室のドアを開ける。 「終わりました」 報告すると、多分待っていたのだろう、部長は「そうか」と頷いた。 「明日、遅刻したらもう10周増やす。そのつもりでいろ」 「は−い」 顔を拭いたタオルをロッカーに投げ入れて、着替え始める。 遅刻に続く遅刻によって、今日は帰りも走らされた。 このままだとテニスする時間はゼロになるんじゃないかと、考え首を振った。 冗談じゃない。 学校生活で唯一楽しみな時間なのに、テニスができないとなると登校している意味がなくなる。 明日はちゃんと起きよう。 決意を固く誓ったところで、唐突に腹の虫が鳴った。 大きな音だったので、静かな部室によく響いた。 そっと後ろを振り返ってみると、部長はこちらを見て硬直している。 やっぱり、聞かれていたか。 いつも眉間に皺を寄せた顔とは全く違う、呆然とした表情。 珍しいもんみたな、とこっそり思う。
「・・・腹が減っているのか?」
話し掛けられると思わなかったので、びくっと反応した腕がロッカーに当った。 「まあ・・・」 曖昧に返事を返すと、部長は立ち上がりすぐそこのベンチにおいてあった鞄を探り出した。 「食べるか?」 部長の手の中にあるそれがなんなのか、確かめるために近くまで移動する。 包みには、ご丁寧にリボンが結んである。手作りお菓子らしい。 「これ、部長が作ったんすか?」 多分違うだろうなと、一応確かめる。 部長はまさかそんな質問をされると思っていなかったようで、肩が少し落ちた。 「違う」 「じゃあ、プレゼントっすか?」 「そうだが、変な物は入っていないだろうから安心しろ。 今日の調理実習で作ったそうだ」 「それ、俺が食べてもいいんすか?」 「ああ」 簡単に、部長は頷く。 これを渡した人は、どんな気持ちであげたのだろう。 ただの知り合い? それともちょっとでも部長に近付きたくて、差し入れとしてあげたのか。 どっちにしろ、俺に食べられるとは思ってもみなかっただろうな。 押し付ける形で手に乗った包みを開け、中から出てきたカップケーキに遠慮なく被り付く。 「美味いか?」 また座っちゃった部長が顔を上げ、尋ねてきた。 頷くと、そうかとだけ返ってくる。 「部長は、食べないんすか?」 包みにはまだ2つある。 「ああ、甘いものは苦手なんだ」 「そうっすか」 名前も顔も知らない人が作ってくれたカップケーキ。 もう一つ、口に放り込む。 「こんなに美味しいのに」 残ったもう一個を、部長へ差し出す。 「一口くらい食べてみたら?あんまり甘くないし、いけるかもしれないし」 だけど、部長は受け取ろうとしない。 「腹も減っていないし、遠慮しておく」 「そうっすか・・・」 周りについている紙を剥がし、最後の一個も口に入れた。 結局部長が誰かからもらったお菓子は、全て俺の腹に収まった。 作る人の気持ちがこもっているから、ちょっとでも食べたら? そんな事、俺が言うはずもなかった。 俺だって見も知らない人に押し付けられたプレゼントに、応える義務はないと考えるほうだし。
それでも気になったのは、この間の件があったからだ。 誰かに告白されている部長と、それを見ていた俺と不二先輩。
「どうした?」
不躾な視線に気付いたんだろう。 部長はペンを置いて、こちらを見た。 「えっと・・・・部長って女子から人気あるみたいだけど」 「いきなり何を言い出す」 また皺が増えてしまった。 このままだと、跡がはっきりつくんじゃないか。 「ちょっと思う所があって。 テニスに操立てているから、告白受けても付き合わないんすか?」 「・・・越前、そんな言葉どこで覚えてくるんだ」 操って、と部長が頭を抱える。 これは不二先輩が言ったと、教えない方が良さそうだ。 「ねぇ、どうなんすか?」 もう一度問い掛けると、部長はコホンと咳払いをした。 「操がどうとか、関係は無いが。 そうだな。今は大会のことだけを考えていたいとは、思っている」 「それじゃ、大会が終わったら考える余裕は出てくるってことっすね」 部長にはハッキリした理由がある。 全国大会で優勝という目的に全力で向かっている間は、 そんなことが入る隙間がない。 だけど、終わったら誰かと付き合う可能性が出てくるって訳だ。 「そこらが違うんだよな・・・」 あの人は、誰とも付き合う気は無いって言った。 部活動で余裕が無いから、なんて理由じゃなさそうだ。 その理由は何? どうしてそんな悲しそうな顔をしていたんだろう?
「越前?さっきからお前の話に、どういう意味があるんだ?」 部長の声で、考え事から意識を戻す。 「別に、ちょっと聞いてみただけっす」 「もしかして、告白されたとか」 ぼそっと言う部長の声に、ぎょっとして目を見開く。 「違います!」 「勘違いなら、すまない。ただお前が悩んでいるような顔をしていたので、 もしかして誰かの意見が聞きたいのかと。そう思った」 悩んでいる?俺が? そんなのあるはずない。 大体、不二先輩のことでどうして俺が悩まなくちゃいけないんだよ。 「悩んでいることも、告白も無いっす」 「そうか」 「色々、おかしなことを聞いてスミマセン」 「いや、いい」 そのままぷっつり途絶えた会話に、なんとなく気まずい思いをして、鞄を取りにロッカーへと歩く。 「部長お先に。お菓子、ごちそうさまでした」 ぺこっと軽く頭を下げ、部室のドアを開けるのと同時に、部長の声が被った。 「越前」 「何すか?」 明日は遅刻するなとか、そう言われるのかと予想する。 「もし困ったことがあって、一人で解決できないようなら。 いつでも相談してくれ。俺で出来る範囲なら力になる」 「はぁ」 全然予想と違う言葉に、頷くしかできない。 「・・・・・それじゃ、また明日」 「気を付けて、帰れよ」 眉間には皺が無かった。 どこか機嫌良さそうな部長の顔に、 それこそ一体なんだよと考えたけどさっぱりわからなかった。
地区大会が始まった。 一番の心配は、越前の遅刻だろうと僕は密かに思っていた。 しかしそれに反して、彼は桃と一緒に会場にやって来た。 「おはようございますー」 朝から元気の良い桃と反対に、越前は黙っている。 別に具合が悪いわけでもなさそうだ。 試合を前に、緊張しているのとも違う。 静かに闘志を燃やしている。 「越前と桃。なにか変だと思わない?」 隣にいた英二の肘をつつく。 それまで無駄話してた英二も、僕の声に越前と桃の方に目を向ける。 「うーん、たしかに」 こそこそと二人は隅っこで、肩を寄せている。 「これはなんかありそうだにゃ」 「そうかもね」 彼の魂から見え隠れする炎みたいな光を、僕は気付かれない角度から見ていた。
綺麗な、色。
ランキング戦の時も、越前の魂はこんな色で輝いていた。 彼の性格そのままに、力強く迷いが無い綺麗な色。
「ダブルス!?」 「越前と桃城が組んで?」 嘘だろ、と発表されたオーダーに皆がざわめく。 「静かに!まだ全部言っていないだろうが!」 竜崎先生が大声を出し、静かになる。
今回手塚は補欠で、僕がS1。 たしかに地区大会第一試合で、手塚が出るほどじゃないと思う。 それはわかるけど。
「どうしてあの二人がダブルスを組むことになったんだい?」 納得がいかなかった。 無謀にもほどがあるからだ。 手塚に尋ねると、俺は関知していないと首を振った。 「竜崎先生のところに、頼みに行ったそうだ」 「だからって・・・」 無茶苦茶だ。 第一、ろくすっぽダブルスの練習もしていないじゃないか。 「なにか勝算でもあるのだろう」 「そんな暢気なこと、言ってていいの?」 思わず責めるような口調になったけれど、手塚は動じなかった。 「本人達がやる気になっているんだ。勝ち目がないとは、思わない。 あいつらなら、何かしてくれるだろう」 「・・・・・・・・」 真っ直ぐな手塚の視線に、僕は目を伏せた。 そうか。 君は信じているんだ。 越前の力を。 「わかったよ。君も先生も納得していることなら、もう口出しはしない」 「不二」 「彼らがどんな試合を見せてくれるのか、見届けるだけだ」
越前の公式第1戦は、こうして奇妙なダブルスから幕を開けた。
チフネ

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