チフネの日記
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2004年06月09日(水) 天使不二と王子 9

久し振りに屋上へ足を運んでみた。
ここに来たのは、あの時以来だ。
不二先輩と、会話するようになったきっかけの場所。

少し重い扉を開ける。
(良い天気・・・・)
あの日と同じように、青い空が広がっていた。
周りを見渡しても、誰もいない。
――――――怪我をして、飛べない鳩もいない。

今でもあの鳩に、先輩が何かしたんじゃないかって疑問はある。
魔法みたいに傷を治した?なんて自分でも笑ってしまいそうなこと、
少しだけ考えていた。
そんなの映画や本の中の話だってわかっているから、誰にも話したりしない。
笑われるか、見間違いだろと言われるだけだろう。
誰か別な人が話してきたら、俺だってそんな風に答える。
この件は、納得いかないけれど俺の勘違いってことで片付けようと思う。
しつこく先輩に問い詰めても、答えは返ってこないだろうし。

だからもう、先輩に近付く必要はない。
知りたいことは、もう無くなったのだから。
俺の中で一区切りついたのに。

今は、違う意味で先輩のこと知りたいと思ってる。


『良かったら抱っこさせてもらえる?』
カルピンの様子を見ると、暢気に尻尾を揺らしていた。
良いらしいと判断して、先輩に渡す。
『どうぞ』
『ありがと。うわ・・・ふわふわだね』
機嫌良さげに、カルピンは喉を鳴らしている。
『可愛い』
そう言って俺に笑いかける先輩に、俺は動けなくなっていた。
いつも見てる笑顔なのに。
今まで一番優しく見えて、どきっとした。

変な人なんだけど。
嫌いじゃない。

カルピンを探すことに、先輩は一生懸命付き合ってくれた。
そして二度も、受け止めてくれた。
自分も怪我するかもしれないのに。
なんでもないように笑っていた。

嫌いじゃない。

むしろどっちかというと・・・。


そこまで考えて、ハッと我に返る。
なんだかまずい方向に進んでいきそうだった。


昼寝する気分にもなれず、フェンスに近付き裏庭を見下ろす。
(部長?)
ちらっと見えたけど、あの横顔はたしかに部長だ。
もう一人、知らない女子生徒と一緒に歩いている。

(もしかしたら、この状況って)
桃先輩から(別に興味も無かったんだけど)聞いたことある。
部長はそりゃ校内・校外問わずもてるんだって。
でも全部「今は部活に専念したいから」と断っているらしい。
さすが部長だよなと、桃先輩は感心したように悦に入っていた。
その時は、ふーんで済ませたんだけど。

人気の無い裏庭。
俯いている女子生徒。表情を崩さない部長。
・・・告白の場面なんだろうな。
当然ここからは、二人が何を言っているかさっぱり聞こえない。
向こうが顔を上げない限り、見えないのを良い事に俺は二人の様子をじっと伺った。
あの部長が女の子から告白されて、どんな顔するのかちょっと見てみたいじゃないか。
照れたりするのかな・・・。
自分の想像に有り得ないとツッコミ入れながら、部長の表情が良く見える角度へとそっと移動をしてみる。

しかし下に気を取られていたおかげで、背後の気配に全く気付かなかった。「越前君」
「・・・っ!?」
不意に肩に手を乗せられ、飛び上がりそうになる。
「そんなに驚かなくても。こっちがびっくりしたよ」
「不二先輩・・・・・」
目を瞬かせて、先輩は首を傾げた。
「何、見てたの?知られちゃまずいこと、かな?」
「そんなんじゃないっすよ」
覗き見していたのは、ちょっとばつが悪いかもしれないけど。
否定すると、先輩も下を覗き込んだ。
「なんだ手塚か」
ふーんと、先輩は面白そうな声を出した。
「気になる?」
「え?いえ・・・」
気になるって告白が受け入れられるかどうか?
それなら多分、ダメなんじゃないかなと思う。
あの女子生徒が部長の片思いの相手だったというオチなら、別だけど。
「うーん、それじゃ質問を変えてみようか。あの子と手塚が付き合うってことになったら、どう思う?」
「はい?」
言ってる意味がわからなくて、しばし考える。
部長が女の人と付き合う、か。
「どんな会話するかちょっと聞いてみたいかも」
思ったことを口にしてみた。
すると先輩は、俺の顔をまじまじと凝視した。
何か、おかしなこと言っただろうか。
「これは・・・困難かもしれない」
ハァと呆れたような溜息までついてる。
「不二先輩?俺、変なこと言ったっすか?」
「いや、いいよ。答えてくれてありがとう」
「はあ」
俺達が噛合わない会話をしている間に、下の二人は話を終えてしまったみたいだ。
女の子が俯いて、顔に手を当ててる。
「あー、だめだったみたいだね」
「・・・・そうっすね」
走って去っていく女の子を、部長は引き止めもせずその場に突っ立っている。
遠くからしか見えないけど、あまり表情に変わりは無い。
グラウンド10周。
そう言ってる時と、ほとんど同じだ。
女の子の姿が見えなくなってから部長も歩き出し、誰もいなくなった。

「手塚に告白しても、無駄なのにな」
呟いた不二先輩に、俺は思わず尋ねてみた。
「部長って誰か好きな人でもいるんすか?」
「いや、知らないけど?」
「でも今、無駄って・・・」
そういう意味じゃないのだろうか?
「ああ、好きな人とかじゃなくって、手塚はテニス一筋だからね。
大会を控えて、誰かが告白しても結果は一緒じゃないかなって思っているんだ」
「例え部長の好きな人が告白してきても?」
「そうだね・・・。せめて全国大会が終わるまで、保留にしてくれないかと言うんじゃないかな」
それはありえそうだ。
俺は納得して頷いた。
「あ、じゃあ。不二先輩は?」
「僕?」
桃先輩情報によると、不二先輩も部長に劣らずもてるって聞いてた。
ま、三年の先輩はほとんどもてるみたいらしいけど。
「誰か告白してきたら、やっぱりテニスのことだけ考えたいなんて言うんすか?」
これもちょっとした好奇心だった。
部長と違い、不二先輩には女の子と付き合っているイメージはある。
・・・・・・でも部活の無い日に、ふらふら一人で散歩している時点でフリーかなと思うけど。

「僕は手塚みたいにテニスに操立ててるわけじゃないから。
その言い方はちょっと無理だよ」
「だったら?」
「普通に、断るよ。誰とも付き合う気はないって」
「誰とも!?」
意外、だった。
それなりの女の子とだったら、付き合いをOKしそうな感じなのに。

「うん。誰とも、付き合う気は無いから」

どうしてっすか。
聞こうとしたけれど、出来ずに黙った。

先輩が言いたくなさそうだから。
横顔が、寂しそうにみえて。
何か人に言えない理由を抱えているんだって、思ったから。

「・・・良い天気。今日はこのままさぼりたい気分だね」
「そうっすね」

昼休みの終了のチャイムが鳴るまで、
俺達は空だけを眺めていた。






チフネ