チフネの日記
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きょろきょろと辺りを見渡す。 名前を呼ぶと大概飛びついてくるカルピンは、今日に限って遠くまで逃げたのか、中々見付からない。
「カルピンー!」 少し大きい声を出して、茂みを覗く。ここにも隠れていない。
「あーあ・・・・」 ふぅっと息を吐いて、またとぼとぼと歩き出す。 もうすぐお昼ご飯の時間だ。一旦、家に帰るべきか考える。 でもカルピンもお腹空かせてどこかで鳴いているかもしれないし・・。 もうちょっとだけ探すか。 折角の休日、愛猫捜しに費やされているのも情けない気がするが、仕方ない。
「カルピンー!」 学校まで行ってたりしないよな? 嫌な想像に眉を顰め、念の為学校の方角へと足を進め始めた時だった。 曲がり角から不意に出てきた人影に、ぶつかりそうになりさっと避ける。 脇に逸れ、何気なく顔を上げるとそこに良く知った人が立っていた。
「え?」 「やっぱり越前の声だった」 「なんで?」 思わず声に出してしまったが、目の前の人物は気に求めずに、にこにこ笑っていた。 「君の声に似てるなぁと思ったけど、本人だから当然だよね」 うんうんと勝手に納得して頷いている。 「どうしてここに不二先輩がいるんすか!?」 不二周助。屋上の一件以来、『得体の知れない人』と勝手にレッテルを貼った先輩だ。 避けられてたはずなのに今度は近づいてきたりと、真意が全く見えない。
「そんな警戒しなくても」 無意識に距離を取ったのを見て、先輩はくすっと笑った。 「先輩が急に現れたりするから」 まだ距離は保ったまま答える。本当、どこから沸いて出たんだ? 「僕だって散歩くらいするよ。ここで会ったのは偶然。わかった?」 「はぁ・・」 本当かよ? 「君の方こそこんな所まで歩いて来たの?」 「まあ、そうっす」 「名前を呼んでいたみたいだけど」 「えーっと、」 追求してくる先輩に、逃げ出したカルピンのことを話した。 天気が良いからと従姉がお風呂に入れたけれど、タオルドライの時に窓から脱走したこと。 そして現在捜索中だということも。 「ふーん、越前ってカルピンのことが好きなんだね?」 「は?」 「だって可愛くてしょうがない。話をしている時、そういう表情をしていたよ」 どんな顔だというのだろう。 くすくす笑う先輩を前に、困惑してしまう。 「ま、そういう事なら早く探しに行こうか」 「何が?」 「何がって、カルピン捜しに行くんでしょう?」 頷くと、先輩は俺の腕を掴んだ。 「さ、行こう」 「ちょっと、先輩まで付き合うことは無いっす」 抵抗するが、先輩の力はさすがに強い。 「一人より、二人で捜す方が早く見付かると思うよ。カルピンの特徴を詳しく教えてくれる?」 引っ張られる形で、歩き出した。
「中々、見付からないね」 「はぁ・・・」
おかしなことになっていた。 カルピンを捜しに来ただけなのに、途中で不二先輩に会って一緒に探してもらっている。 とりあえず二手に分かれてこの辺りを捜したが、カルピンは見付からなかった。
「もしかしたら、家に帰っているかもしれないっす」 そこまで言って、まだ昼食も取っていなかったことを思い出す。 なんだか急に腹が減ってきた。 ちょっと探しに行くだけと行って出て来たから、帰ってこない俺を菜々子さんは心配しているかもしれない。 一度、戻った方がいいのかも。
「自宅の方、もう一度探してみる?」 「ハイ。あの、不二先輩。手伝ってくれてありがとうございました」 「ううん。特に予定も無かったから。気にすること無いよ」
屈託なく先輩は笑う。 予定が無いって、休日くらいデートの一つ二つでもしてそうなものなのに。 俺が聞く限り、不二先輩は部長に次いで青学で女子の人気が高い人だ。 青学だけじゃなく他校の生徒からも告白されているらしいぜと、桃先輩も言ってた(そういう自分は他校の女子生徒が気になっているみたいだ) まじまじと先輩の顔を見ると、「どうかした?」と聞かれる。
「なんでも・・・。それじゃ俺、家に帰るんで」 「あ、越前。ちょっと待って!」 「はい?」 「お腹、空いていない?」 先輩が質問した途端、タイミング良く俺の腹がくぅと鳴った。 「・・・・・・・・」 「・・・・・・・・」 お互い沈黙した後、先輩はぷっと吹き出した。 「聞くまでもないみたいだね」 「悪かったっすね!」
ああ、顔が熱い。大声でどなって、体をくるっと翻す。 ずんずん家に向かって歩き出すと、後ろから先輩が慌てて追い掛けてきた。
「つい笑っちゃっただけなんだ。別に悪かったなんて思っていないよ」 「・・・・・・」 「良かったらお昼ご飯食べに、どこかに入らないかって誘うつもりだったんだ。 ほら、僕もお腹空いていることだし。ね?」 一生懸命誘ってくる先輩に、無視するのを止める。 さっきまでカルピン探しを手伝ってもらったことだし、そうそう邪険には出来ない。 「でも俺、手ぶらで出てきちゃったから」 「誘ったのは僕だから、今日は奢ってあげるよ」 「やった!」 家にだけは連絡したいというと、先輩は携帯を貸してくれた。 どこまで探しに行っているのかと、菜々子さんはやっぱり心配していたようだ。
「途中で、テニス部の先輩に会って。一緒に探してもらっていたんだ」 「そうでしたか」 「それで、今からお昼ご飯食べて来るから。もう少し遅くなる」 「わかりました。私もこの付近をもう少し捜してみますね」 「うん。俺も帰り道、捜してみるよ」
カルピンはまだ家にも帰っていないようだ お礼を言って携帯を渡すと、先輩も会話を聞いていたようで眉を寄せた。 「まだ帰っていないって?」 「はい」 「さっと食べてまた捜してみよう。きっとどこかにいるはずだよ」 励ましてくれるような言葉に、俺は頷いた。
ファーストフードでお腹を満たした後、また二人でカルピンの捜索を始めた。 「越前って見掛け以上の食欲だよね。あれだけの量、どこに消費されたのかなあ?」 「育ち盛りなんで」 「・・・・そうだね」 「今、何か失礼なこと考えてない?」
だらだらと会話しながら、俺達は歩いていた。 きょろきょろ辺りを捜しながらだから、速度はゆっくりだ。 家に着いてもいなかったら、今度はどこへ捜しにいこうか。 時間が経過するにつれて、段々俺は焦り始めていた。どうしよう、見付からなかったら。
「ねぇ、越前」 「何すか?」 「あれ」
隣を歩いていた先輩はぴたっと足を止めて、上を指差した。
「カルピン!?」 「やっぱり。ヒマラヤンがいるからそうじゃないかって思ったけど」 知らない人家の大きな木に、カルピンはしがみついていた。 「あれ、降りられなくなったのかな」 「わかんない。おーい、カルピンー!」 名前を呼ぶと、カルピンもこちらに気付いたようで「ホァラ」と泣き声を上げた。 「どっから入ったんだ。こっち、来れるか?」 手を差し延べるが、到底カルピンのいる枝に届くはずがない。 また一声鳴いて、カルピンはじっと動こうとしなかった。
「やっぱり降りられなくなっている・・・・?」 「そうかも」 どうしようかと、先輩と顔を見合わせる。 まさか勝手に塀を乗り越えて、木に登るわけにもいかない。 「家の人に事情を言って、はしごでも借りようか」 「そうっすね」 ぐるっと玄関のある方へと回る。 インターフォンを押すが、返事は無い。 「留守かな?」 「それっぽいね」 ぱっと見たところ窓も閉まっているし、誰もいないみたいだ。
「どうしよう」 このままにしておけないと、拳をぎゅっと握り締める。 「越前」 肩に先輩の手が触れた。顔を上げると、いつものニコニコした笑顔が目に入る。
「大丈夫。なんとかカルピンを降ろそう」 「なんとかって・・・・」 「たしかさっきの道に、交番があったよね」 「はぁ?あ、そういえば」 「急ごう」
早歩きした先輩の後を、慌てて追う。
「あの、不二先輩」 「何?」 「まさか猫を降ろすのに、お巡りさんを呼ぶの?」 「まぁね」 そんな無茶な。あまりの突飛な発案に足を止めたが、先輩は先へと行ってしまう。 「無理っすよ」 「無理かどうかは説得しないとわからないじゃないか。僕ら二人だけで、どうこうしようとしたらまずいことになるかもしれない。こういう時きちんと大人を通していれば、後々面倒がなくなるからね」
絶対、こんなくだらないことでと、怒られると思った。 話を聞いてたお巡りさんは最初面倒そうな顔をしていた。当然だ。 でも先輩がせめて梯子を掛ける許可だけをお願いしますと何度も頭を下げたら、 最後には「しょうがないなぁ」と溜息をついて立ち上がった。 梯子は、隣の家の人から借りることになった。 「こんなので良かったら、どうぞ」 お巡りさんと中学生二人の組み合わせにどうしたのかと事情を尋ねられ、訳を話すと快く物置から梯子を出してくれた。 「あの上に、ねぇ。犬にでも追い駆けられていたのかしら」 飼い主の俺が梯子を昇り、下は二人に支えてもらった。 他の人だと、カルピンが逃げて余計上に登ってしまうかもしれないし。 「カルピン、おいで」 ようやくぎりぎりのところで枝に手を伸ばす。 「よーし、いい子だ」 おずおずとこちらに近づいてくるカルピンを、じっと待つ。 「ほら、早く。おいで」もう後、二歩、一歩。よし。 「掴まえた」 ふぅっと息を吐く。胸の中に抱き込んだカルピンの体温に、ほっとする。 「越前ー、ゆっくり降りておいで」 片手でカルピンを支えながら、慎重に降りていく。 全く、今回の件では不二先輩には世話になりっぱなしだ。 「それもお前のせいだぞ」 小声で叱っても、カルピンは暢気な顔して胸にしがみ付いているだけだ。 「ゆっくりとね、もうちょっとだから」 心配そうな先輩の声に、少し笑ってしまう。もうほんの数歩だ。 「えっ、あ」 確かに足は梯子を捉えていた。それなのにずるっと滑り、体が傾いていく。
「越前!」
どさっという音と共に、俺は地面に叩きつけられていたはずだった。 「前にもこんなことあったね」 「先輩!?」 しっかりと後ろから抱きしめられ、俺は激突を免れていた。 「なんで!?先輩、怪我は?」 「大丈夫。この間と同じで無傷だよ」 「君、大丈夫かい?」 「怪我は?」 青くなってるお巡りさんと奥さんに、先輩は俺の体を引き寄せる形で立ち上がる。 「この通り、なんともありません」 「良かった・・・・・」 「ええ。猫も無事、救出出来たことですし」 その言葉に、全員がカルピンに視線を集める。 「ホァラ」 ゆらりとしっぽを揺らし、カルピンが無事を報告した。
「ああ、もうびっくりした」 「そんなに何度も言わなくても、いいよ」 「だって先輩が怪我したかと思ったから、本当に驚いたんすよ」
是非、家に寄ってくださいと越前が熱心に誘うので、断りきれなかった。 愛猫カルピンを抱きかかえ、越前は僕の隣を歩いている。
「怪我してたら、越前は心配してくれてた?」 少し意地悪な質問だったかもしれない。 越前はふいっと横を向いて、「きっと俺が怪我すれば良かったと思う」と言った。
君に怪我などさせられる訳ないじゃないか。 そう言い返そうと思ったけど、やめた。 彼の顔が、泣きそうに見えたのは気のせいかもしれないけど。 そうか。自分を庇って、誰かが傷付くのを良しとしない子だったな。
「とにかく、カルピンが無事戻ってきて良かったね」 名前を呼ばれたのがわかったのか、越前の腕の中にいる猫は鳴き声を一つ上げた。 「そうっすけど。ここまで人騒がせな奴だとは思わなかった」 そう言いながらも、越前の目は優しい。 「先輩」 「何?」 「色々とありがとうございました」 「どうしたの、急に」 改まってお礼を言われ、僕は驚いた。不意打ちに素直な言葉を聞いたものだから、ドキドキしている。 「俺一人だったら今頃、木の下で困っていただけだったすよ」 「別に・・・・、そのくらい」 「先輩に会えて助かったっす」 「大げさだな」 不思議な感覚だった。 警戒心の強い猫に懐かれるのって、こんな感じだろうか?
慣れない言葉に照れたのか、俯き加減の越前にふっと笑う。
手塚。君は彼のどういう所に惹かれたの?
チフネ

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