ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年06月11日(木) 只今メンテナンス中です

梅雨入りの時期に設定された雑節「入梅」

栗の花が咲く頃であり「栗花落」とも云う。

昨日から良く晴れて梅雨の中休みとなっているが

週末にはまた雨になりそうである。

今日は気温が30℃に届き夏らしい陽射しが降り注ぐ。

しかし爽やかな風のおかげで過ごし易い一日であった。


今朝は早朝から田植えの予定だったが職場に着くと

まだ義父が居て田植え機の修理をしている。

友人達も揃っておりがっくりとした様子で待っていた。

昨日万全に段取りをしていたはずなのに気の毒でならない。

おそらく田植え機の点検までは手が回らなかったのだろう。

クボタに部品を注文したそうで配達を待つ。

やっと届いたのはもう10時ですっかり出遅れてしまう。

部品さえあれば修理は10分。流石に義父であった。

苗はとっくに軽トラックに積んでおり直ぐに田んぼに向かう。

早朝から植えていたらお昼には終わる予定だったのだそうだ。


同僚はクラシックカーの車検整備に取り掛かっていたが

後輪のブレーキオイルが漏れているとのこと。

部品などあるはずがないと思っていたが部品屋さんが探してくれて

奇跡的に見つかりほっと胸を撫で下ろす。

部品さえ届けば今週中に納車が出来るだろう。


気忙しさもあったが午後から休ませてもらって

2ヶ月に一度の定期受診で市内の病院へ向かう。

若い頃からの掛かり付けでもう長い付き合いだが

主治医だった医師は午後から訪問診療をしている。

午後は若い医師だけの診察で病院はがらがらに空いていた。

それだけ人気がないのは分かっているが今は私の主治医であった。

心細くても頼らねばならず何とも複雑な気持ちである。

案の定聞く耳を持たない。患者の声を聞こうとしないのだ。

威圧的な態度で一方的に話すともう診察は終りである。

医師ならばもっと優しく寄り添うべきに思うが

転院をする程でもなく薬さえ処方してくれたら文句は云えない。


薬局へ行き薬を受け取ったらまだ2時半だった。

カーブスは3時からなのでセリアに行って時間を潰す。

店内をうろうろしていたら高齢の女性に話し掛けられた。

「これどれも百円かね?」「消費税が要るけん110円よ」と応える。

するととっくの昔に亡くなった母親が小児麻痺だったのそうだ。

私の歩く姿を見て母親の事を思い出したらしく

何だか懐かしそうに話すので少し戸惑ったが

小児麻痺ではない事を話すと頻りに頭を下げて謝るのだった。

そうして「お大事にね」と優しく告げてくれて嬉しかった。

杖はもう付いていないが辛そうに歩いているのだろう。

自分の歩く姿を見て見ぬふりをしているのかもしれない。


カーブスではお仲間さん達と声を掛けながらとても楽しかった。

昨日のリハビリが効いたのか足の痛みも少し和らぐ。

また明日ねと手を振って元気に明るく帰路に就く。


買物を終えて4時過ぎには帰宅していたが

めいちゃんは今日も学校を休んでいた。

近所のお友達から宿題のプリントが届いている。

学校を休んでも宿題。体調が悪くても宿題であった。

毎晩遅くまで宿題をしていためいちゃんの姿が目に浮かぶ。

運動会もあり修学旅行もあった。

パワー全開だった頑張り屋さんのめいちゃんも疲れが出たのだろう。

学校へ行きたくないのではなく行けなくなったのだと思う。

娘は少し神経質になっているようだが

私達祖父母はそっと見守っていようと思う。


今朝は布団から出られすに泣いていた。

その泣き声が今も思い出され胸がぎゅうっと締め付けられる。


※以下今朝の詩


      息

  空が息をしている
  風は脈のように
  とくとくと流れている

  昨日と同じようでいて
  どこか違うのは
  きっと
  新しくなったのだろう

  笑顔の日もあれば
  泣き顔の日もある

  空は何処までも広く
  息を重ね続けている

  その息は途切れずに
  きっと
  それが永遠なのだろう

  生きたことよりも
  生きることを選ぶ

  やがては空の一部になる
  私の息も風になるだろう


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