ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年06月10日(水) ふたりの少女

五月晴れ。「梅雨晴れ」とも云う。

「さつき」は旧暦の5月の事で6月の青空を指す。

今日は気温が30℃に達し暑かったが本来はもっと過ごし易いのだろう。

朝の道の紫陽花も朝陽を浴びてきらきらと輝く。

アガパンサスも咲きすっかり初夏の景色である。


峠道を越えて最初の民家は母の友人が住んでいるが

今朝は畑仕事をしていて久しぶりに会うことが叶った。

せっかく実り始めた夏野菜を悉く猿に荒らされてしまったらしい。

茄子も胡瓜もひとつ残らず食べられてしまったそうだ。

しかしそれを嘆くこともせず笑い飛ばしている。

猿と共存するのは当たり前のことなのだ。

畑には柵を張り巡らしてあるが猿なら難なく乗り越えるだろう。

ご馳走がいっぱいの畑である。どんなにか喜んだことだろうか。



工場の仕事はいくらでもあったが義父は明日の田植えの準備をしていた。

友人達がまた手伝いに来てくれるので段取りは肝心である。

腰痛を忘れたかのように忙しく走り回っていた。


同僚は村営バスの定期点検であったがタイヤ交換があり苦労していた。

専用のタイヤチェンジャーがないので手間が掛かり過ぎるのだ。

午前中には終わらず午後は暑さで堪えたことだろう。

定時で退社するのも気が引けたが今日はリハビリの日である。

予約時間に遅れてはならず同僚に声を掛けて退社した。


今週は足の痛みがあったのでU君に告げると

いつも以上に念入りに揉み解してくれた。

特にふくらはぎはパンパンに張っており随分と楽になる。

施術中はずっと目を閉じでいたが時々薄目を開けてU君を見た。

いつもマスクをしているが外した顔を見てみたいと思う。

あれも訊こうこれも訊こうと思うばかりで何も訊けなかった。

患者と療法士の壁はけっこう厚く硬いようである。


買物を終えて4時半に帰宅。

今日はめいちゃんが学校を休んでいたので気になっていたが

特に体調が悪いのでもなくズル休みだったようだ。

その日の気分次第であり娘も無理強いはしない。

あやちゃんのこともあるので心配すれば切りがないが

明日はきっとケロッとして登校してくれるだろう。

めいちゃんの大好きな「枇杷」を買って来ていたら

「やったあ」と喜んでくれてほっとした。


5時になり娘が「今夜は何?」と訊く。

メニューがすっかりマンネリ化していて気に入らなかったようだ。

いっそ所帯を別にした方が良いのではと本気で思う。

しかしそうなれば互いに角が立つことだろう。

ひとつしかない台所である。どちらかが遠慮を強いられるのは見えている。


食堂に置いてある小さなテレビが突然映らなくなった。

もう古いテレビなのでそろそろ寿命かもしれない。

夕方のローカルニュースも見えず何とも静かな夕食であった。

いつものように夫と先に食べたが喉に詰まりそうである。

娘は黙々と孫達のハンバーグを作っていた。


明日の朝も映らなかったら新調することになった。

早速アマゾンで見つけたが注文はまだ見送りである。

たかがテレビであるがその音にどれほど助けられていたことだろう。

映らないと云うだけで家の明りが消えたようになった。


「お母さ〜ん」とめいちゃんが娘を呼んでいる。

あやちゃんの姿は昨夜から見ていない。


※以下今朝の詩


     雨の花

   雨が咲いている
   それはちいさな花
   きっと昨日まで
   蕾だったのだろう

   幼子の赤い長靴
   水色の雨傘
   ぴちぴちちゃぷちゃぷ
   雨の歌声が聴こえる

   失うものなどありはしない
   哀しいこともありはしない

   雨の花は寄り添いながら
   互いを励まし合っている

   咲けば枯れる咲けば散る
   神様がそう教えてくれた

   けれども頷きはしない
   認めてしまえば切なくて
   花びらが震えてしまう

   雨が咲いた昼下がり
   おひさまは雲の上で微笑んでいる





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