ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年03月14日(土) 海は広いな大きいな

朝の寒さを打ち消すように日中はぽかぽか陽気となった。

降り注ぐ陽射しにはまるで天使が宿っているようである。

週間予報を見るとしばらくは暖かい日が続くようで

彼岸の入りとなれば本格的な春となるだろう。

しかし今年は夏の訪れが早いとのこと。

5月になればもう初夏の風が吹き始めそうである。

日々が背中を押されるように過ぎて行く。

3月も早中旬になろうとしている。


今朝は国道沿いの白木蓮が散り始めていた。

白い花びらが道路に落ちているのを容赦なく車が轢いていく。

無残で憐れであるが「花の定め」だと思うしかない。

花の見納めも近くなり切なさが込み上げて来る。



今朝は仕事で失態があり義父にこっぴどく叱られてしまった。

「経営者として失格」なのだそうだ。

後先の事を考えずに行動してしまうのは私の欠点であるが

これ程までに叱られたのは初めてであった。

義父が諄いのは今に始まった事ではないが

ねちねちと責める口調には流石に参ってしまった。

思わず「もう辞めろうかね」と告げると義父の顔色が変わる。

自分でも云い過ぎたと思ったのだろうやっと静かになった。

責められるのは辛かったが悪いのは私である。

もう二度とあってはならない事だと大いに反省した。


午後からは種籾を撒く作業である。

今日も彼女さんと友人夫婦が手伝いに来てくれていた。

人手は多いほど捗るのだが段取りが忙しかったようだ。

友人夫婦には知らせていなかったのにどうしてだろうと云う。

義父は何だか有難迷惑のような顔をしていた。


同僚が車検整備を完了したのを見届けて帰路に就く。

「FMはたらんど」のたかちゃんの笑い声が愉快でならない。

まるでお腹を抱えて笑っているような大きな声だった。

友人ではなくただの知り合いであるのが少し残念に思う。

「私の友達よ」と自慢をしたいのだろう。


買い物を終えて4時に帰宅。娘婿はまた釣りに行っていたらしい。

その釣果の殆どをご近所さんに配ってしまうので

新玉葱や原木椎茸が届くのが常であった。

もちろん釣った魚は私達の口には入らないのである。


今夜はカレー。娘と肩を並べて大急ぎで作る。

5時半にはめいちゃんをダンス教室に連れて行かねばならない。

大急ぎで作った割にはとても美味しいカレーだった。

カレー好きのあやちゃんもにっこりと微笑む。


夕食後は15分程自室で寛ぐのが日課だが

北海道のフォロワーさんが大手術を控えているとのこと。

「きっと生きて帰る」とポストしていたので心配でならない。

励まして良いものか迷ったがどうして無視が出来ようか。

「きっと帰って来て下さい。待っています」とコメントを送る。

しかしそれが届いたのか分からず夜になってしまった。


昨年まではとても元気で運送業の仕事をしていた。

春の山菜が好きでよく手料理の写真を見せてくれていたのだった。

今年の山菜採りはもう無理なのだろうか。

厳しい冬を乗り越えこその春の幸である。


Rなら「どこの馬の骨やら」と笑い飛ばすことだろう。

そのRさえも消えてしまったネットの海であった。

魚は群れをなすがたった独りきりの魚もいる。

海は果てしなく広く何処までも泳いで行けるが

生き抜くためにどれほどの試練を受け止めていることだろう。


※以下今朝の詩


   母子草

母さんあったかいね
寄り添えばなおさら
触れる肩がぬくもる

少女の頃の記憶は
辛く哀しかったけれど
恨んでも何も変わらない

母から手紙が届いたが
一度も返事を書かなかった
ゆるしてはならないと
唇を噛みしめていた日々

愛しさが花になる
それは野の片隅に
ひっそりと咲いた

そよそよと風は春
けれども
「あいたい」の一言が云えない

空はどこまでも続き
母も同じ空を見上げているだろう

母さんさびしいね
ゆるしてね母さん

何度目の春だろうか
歳月は流れ続け
私も母になった


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