ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年03月11日(水) 花は咲く

朝は冬の寒さが続いているが日中は少し暖かくなる。

風があるのとないのとでは随分と違うものだ。

あの日も確か晴れていた。15年前のことを思い出す。

津波に呑み込まれた多くの尊い命であった。

忘れないことが供養だと云う。

いったい誰が忘れるだろうかと思う。

どれ程歳月が流れても決して忘れることはないだろう。




同僚が通院のため午前中はまるで寝ているような工場であった。

義父が待機してくれていたが今日は種籾を干すとのこと。

庭に筵を何枚も広げ手で撫でながら干すのである。

11トンもの土が要るのだからまだまだこれからだろう。

無事に田植えに漕ぎ着けるように祈るばかりであった。


午後には同僚が来てくれて工場も目を覚ます。

昨日入庫していた車の車検整備が完了する。

今日は新たな車検予約を受け入れていなかったが

明日からまた忙しくなりそうだ。


経理は思った通りとなり自賠責保険を精算すると残り僅かとなる。

何と逃げ足の早いことだろう。追い駆けることも出来なかった。

例の大型車の請求書さえ出来ればと思うが

忙しそうにしている義父の手を止める訳にはいかない。

焦ってもどうしようもなくまた明日の風に吹かれるしかないだろう。


整形外科のリハビリと診察があり3時過ぎに病院へ着く。

予約時間より早かったが直ぐに名前を呼ばれた。

昨日の足の痛みはもう薄れており今日はとても楽であった。

療法士のU君に話すと痛みにも波があるのだそうだ。

一喜一憂しながらであるが痛みと付き合って行かねばならない。


リハビリを終えてからの診察で医師と語り合う。

杖を必要としなくなっただけでも好転しているのだろう。

しかし無理は禁物で転倒だけは避けなければいけない。

医師はいつも親身になってくれてとても心強かった。


4時半過ぎに帰宅。何とめいちゃんがパジャマ姿であった。

今日は娘が休みだったので学校をおさぼりしたようだ。

お姉ちゃんは学校へ行かない。お父さんも仕事に行かない。

その上にお母さんも休みとなれば自分も休みたかったのだろう。

家族みんなから期待されていれば疲れても当然である。

誰一人咎める者もいない。むしろ微笑ましく思ったくらいだ。


「ばあちゃん餃子を作るよ」娘の声から50個の餃子が出来た。

今日は遅くなると思い娘に買い物を頼んであったのだ。

手作り餃子は手間が掛かるので滅多に作らないのだが

久しぶりに食べたせいか顎が落ちる程に美味しかった。

我が家の餃子は「天下一品」だと誇らしく思う。


夕食後、SNSで山上秋恵さんがエレクトーンで弾く「花が咲く」を聴く。

なんと優しい音色だろう。リポストせずにはいられなかった。

被災地の人はもちろんのこと多くの人に聴いて欲しかった。

山上さんもきっとそう願って演奏したことだろう。


津波に呑み込まれても残った桜の木があるのだそうだ。

それが希望になりどんなにか人々の心を癒したことだろうか。

未だ遺骨さえも見つからない行方不明者が居て心が痛むが

春は何度も巡って来て花を咲かせ続けることだろう。


※以下今朝の詩


    未来

忘れられないこと
そうして春が巡って来る
もう随分と歳月が流れた

失った命は二度と還らず
深い悲しみに苛まれていた

あの子は生まれたばかり
生きていれば15歳になる
中学を卒業して未来へ羽ばたく
その未来を奪われてしまった

けれども花は咲く
種を残し続けて
ずっと同じ場所に咲く
それが永遠でなくてなんだろう

一輪だった花が一面に咲き
未来を約束しているようだ



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