ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年03月10日(火) 頑張り屋さん

すっかり寒の戻りとなり今日も冷たい風が吹く。

しばらくは朝の寒さが続きそうだが

日中は少しずつ気温が上がって来るとのこと。

暑さ寒さも彼岸まで。もう少しの辛抱である。


四万十川の土手には土筆やたんぽぽが見られ

蓬の緑も鮮やかに陽射しを浴びている。

川の水はまだ冷たいがさらさらと清らかに流れていた。


川仕事に励んでいた頃を懐かしく思い出す。

毎日の肉体同労であったが達成感で満ちていた。

子供達と遊んでやることも出来ず

幼子たちは土手に駆け上がり土筆を採って来てくれた。

雨が降っても休めずどんなにか寂しい思いをさせたことだろう。

夫も私も若かった。遠い昔の事でありながら記憶は鮮やかである。



白木蓮。寒緋桜。らっぱ水仙。桃の花。

田んぼに水が張られるようになり山里はすっかり春である。

育苗機に入れてある種籾も発芽を始めており

義父はハウスの片付けに行っていた。

農業公社のハウスであるが全く手入れをしておらず

毎年義父がその役目を引き受けている。

レンタル料はとても高く何とも理不尽な話に思う。


工場はまた新たな車検が入庫し大忙しであった。

同僚はまた明日通院とのことで思うように行かない。

身体が一番である。健康であってこその仕事であった。


事務仕事も忙しく今日は重量税の精算がある。

例の大型車の重量税を立て替えなければならず懐が痛んだ。

請求明細を送れば直ぐに売上になるのだが

義父に助けて貰わなければ私の独断では出来ない仕事であった。


当然のように昨日入った現金は駆け足で逃げて行く。

明日は自賠責保険の精算があり残り少なくなるだろう。

「なんのこれしき」と思うが前途は暗くなるばかりであった。


同僚に声を掛けて定時で退社した。

昨日から左足が痛んでいたがカーブスへ行く。

これくらいのことで諦めるもんかと思う。

動かしていれば少しでも痛みが薄れるだろう。

これは「運動療法」で医師も勧めてくれていた。

しかし夫は調子に乗り過ぎたのだと云う。

無理をしたつもりはなかったが頑張り過ぎたのかもしれない。


子供の頃から人一倍「頑張り屋さん」だったが

ずば抜けて優秀な子供ではなかった。

たまに一番になることがあっても「まぐれ」だったのだろう。

褒められたら嬉しくてならず何でも出来るような気がした。

そんな私が劣等感を感じるようになったのは少女時代だろうか。

自分の境遇が悲しくてならず「可哀想な少女」を演じて来た。

いっそ死のうと思った時もあったが死ぬ勇気もありはしない。

おとなになればその境遇を誰かれともなく話した。

同情して欲しかったのだろうか。一緒に泣いて欲しかったのだろうか。


夫は拳を握りしめて泣いた。「この人しかいない」と思う。

もう47年も遠い昔の事である。


※以下今朝の詩


   たんぽぽ

野の片隅でなければならない
誰にも見つからないように
そっと静かに咲くのがいい

犬を連れた老人が歩く道
大河のせせらぎの音がする
風は南から吹いているようだ
犬は草原でくんくんと鼻を鳴らす

見つかってしまうかもしれない
緊張で胸が高鳴るばかりだった
まさか踏まれることはあるまい
どうかどうかと手を合わす

老人が立ち止まった
その瞳の何と優しいことだろう
「おお咲いたのか」と声がする

本当は見つけて欲しかったのだ
まるでおひさまのような花である



 < 過去  INDEX  未来 >


anzu10 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加