ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年01月31日(土) 早春の暦

晴れの予報だったが陽射しは殆どなく寒さばかりの一日。

気温が低くても陽射しがあれば暖かいものである。

冬のおひさまの有難さをつくづく感じた。


今朝は行方を暗ましていたみい太が帰って来ていた。

5日間もいったい何処で過ごしていたのだろう。

餌係のお客さんは毎朝来てくれていて

今朝は「もんちょるぞ」と知らせてくれた。

みい太は飢えていたらしくがつがつと餌を食べる。

それから散歩に出掛けたようだった。

今日も気の向くままである。夕方には帰って来るだろう。


「おはよう」の声。今朝の義父は上機嫌であった。

今日は農業の作業場に鉄骨で棚を作るのだそうだ。

昔、鉄工所を経営していた友人が手伝いに来てくれていた。

二人とも80歳を超えた高齢者であるが

いざ作業を始めると手際よくまるで若者のようである。

工場の仕事も一段落していたので同僚も手伝っていた。

義父の機嫌は増々良くなり私も嬉しくてならない。


来客もなく電話も鳴らずこの上なく暇な一日であった。

定時を待たずに少し早目にタイムカードを押す。

月曜日にはもう2月のタイムカードである。

何とあっという間の日々だったことだろう。


3時過ぎには帰宅しており録画してあった「豊臣兄弟」を見る。

戦国物はあまり好きではないのだが「仲野太賀」のファンであった。

飾り気のない素朴な感じが好きだなと思う。



めいちゃんのダンス教室があり娘と出掛けて行く。

夕飯は「寄せ鍋」で帰宅してから食べるのだそうだ。

明日は何処かのイベント会場でダンスを披露するらしいが

例の如くで娘は何も教えてはくれなかった。

3月には発表会があるそうで観に行きたくてならない。

その時には娘もきっと教えてくれるだろう。


曇り空だったのに思いがけない「冬茜」であった。

カレンダーを2月にするととても清々しくなる。

「節分」「立春」「雨水」と続く早春の暦が嬉しい。

まだまだ冬の名残があるが確実に春が訪れようとしている。

難儀なことばかりではない。光も希望も満ちて来る春であった。


始まりがあれば終りもあり

ふっとあとどれくらいだろうかと考える。

心細くてならないが一日を一生だと思って暮らして行きたいものだ。


※以下今朝の詩


   たいおん

おふとんからでられない
そのぬくもりこそが
わたしのたいおんである

すごいなとおもう
でんきみたいなちが
とくとくながれていて
あたまからあしのさきまで
あたためてくれるのだ

さむいさむいもうすこし
おふとんからでたら
たいおんはさめるのかな
もうちではなくなって
みずになってしまうのかな

ようしたしかめてみよう

あさだよとこえがする
わたしはくつしたをはいた








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