今日も冬晴れであったが強い北風が吹く。
東北や北陸では大雪で難儀をしていて
毎朝雪掻きをしないと外に出られないのだそうだ。
若者ならともかく高齢者には過酷な作業であった。
雪解けにはまだ早く根雪の上にまた雪が積もるだろう。
南国高知では想像もつかない雪国の暮らしである。
寒波は待ったなしに後から後から襲って来ていた。
いつも通りに職場に着いたが今朝もみい太の姿が見えなかった。
今日でもう4日目である。いったい何処に行ったのだろう。
以前から時々行方を暗ますことはあったが
この寒空に餌も食べず何とも心配でならない。
鉄工所のKちゃんは「恋の季節」だと云う。
まだ早いように思うがそれも春の兆しなのだろう。
朝のうちは昨日と同じく閑古鳥が鳴いていたが
お昼前に車検の車が入庫しやっと活気を取り戻す。
義父は今日も家屋解体の手伝いに出掛けて行った。
面白くてたまらないのだろう。随分と張り切っている。
先日トラブルがあった中古新規の車のナンバーが届く。
今日はやっと納車が出来てお客さんも喜んでいた。
支払いは即金で何と有難いことだろうか。
今日は他にも支払いのお客さんが来てくれてとても助かった。
しかしお金は右から左で取引先に送金するとまた資金が底を尽く。
明日は明日の風が吹くだろうと嘆くことはしなかった。
定時で退社しようとしていたら急な来客があったが
同僚に対応を頼み逃げるように帰路に就く。
頭の中はもうカーブスのことしか考えていない。
まるで何かに取り憑かれたように身体を動かしたくてならなかった。
気分爽快となり溌溂と買い物を済ませ家路を急ぐ。
夕食後はまた自室でSNSを見ていた。
昨日の小樽の人は平然としており何だか狐につままれたよう。
何事も無かったように選挙がらみのポストを発信していた。
誰もが気遣い心配したことだろうと思うが
当人にとってはもうどうでも良いことだったのかもしれない。
フォロワーさんには詩や短歌や俳句を発信する人が多いが
日記やエッセイを発信している人もいて読むのが楽しみであった。
「笹いろ玉虫さん」は78歳の女性だが
文章力が素晴らしくまるでプロのエッセイストのようである。
私は毎回リポストをしていて多くの人に読んでもらいたい「作品」であった。
「笹原メイ」さんは年齢不詳の詩人さんで男性である。
彼はブログではなくあくまで「日記」を毎日書き続けていた。
まさに私と同じで心を惹かれずにはいられない。
淡々とした日記のようでコーラのような味がする。
炭酸がしゅわっと音を立てているような文章力があった。
日記の最後にその日書いた詩を載せるのも私と同じである。
私など足元にも及ばないが「似た者同士」なのかもしれなかった。
私は雑魚だが彼女と彼は鯛か平目かもしれない。
気易く声も掛けられず憧れるように眺めているだけの私であった。
ネットの海はとてつもなく広い。
岩もあれば渦潮だってあるだろう。
もがけばたとえ魚であっても命を落とすことも在り得る。
ゆらりゆらりと波間を漂う。雑魚にもそれなりの心意気があった。
※以下今朝の詩
球根
もうすこしあとすこし 春が立つのを待っている
球根から芽が出て来た 柔らかな土につつまれ 冬の陽射しを浴びている
咲くことよりも 真っ直ぐに伸びること 誇らしい顔をせずに 健気に生きていくこと
誰もが待ち望む春である 季節が少しずつ移り変わり 冬枯れた野にも光が満ちる
かたい球根であった 寒さに負けそうな日もあり 空をうらんだ日もあった
もうすこしあとすこし 降り注ぐ陽射しの中から 春の声が聴こえてくる
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