陽射しはたっぷりとあったが
強風注意報が出ており強い北風が吹き荒れる。
夫が洗濯物を外まで運んでくれていたが
あまりの強風に干すのを諦めてしまった。
乾燥機に頼るばかりでもう幾日も外干しをしていない。
朝からゆったりと時間が流れる。
かと云って有意義には過ごせず怠けてばかりだった。
8時には炬燵に潜り込みひと眠りする。
夫は地区の初会があり出掛けて行った。
10時前には目覚めのろりのろりと買い物に行く。
昨夜のおでんが残っており最低限に留めた。
セルフレジに向かえば顔なじみの店員さんが居て
にっこりと笑顔を見せながら駆け寄って来てくれた。
いつも清算した荷物をカートに載せてくれるのだった。
今日は軽い荷物だったがついつい甘えてしまう。
「気を付けて帰ってね」その優しい一言が心に沁みる。
もう他の店では買い物が出来ないほど大好きな店員さんであった。
昼食後はまたお昼寝である。今日は3時には目覚めていた。
一時間ほど自室で過ごしていたがまた煙草ばかり吸ってしまう。
ああ嫌だ嫌だと思いながら火を点けてしまうので情けなくてならない。
SNSのタイムラインを追っていたが特に変わり映えしない。
お昼に「うどん」を食べた人が多く私と一緒だなと思った。
「わかめうどん」や「カレーうどん」がとても美味しそうである。
私は食べ物の写真を載せることは滅多にないが
ふと遊び心でそれも良いのかもしれないと思う。
詩や短歌ばかりでは堅苦しいばかりだろう。
しかし写真を撮る前に食べ終わることが多い。
おまけに外食の時には夫に叱られてしまうのだった。
「みっともないことをするな」といつも云われる。

今朝もこれまで出会ったお遍路さんの詩を書いた。
MさんやGさんと同じく職業遍路のWさんのことである。
最後に会ったのは5年程前だろうかその時にはとても元気そうであった。
しかしそれ以来会えない日が続いており気掛かりでならない。
若い頃には何処かのお寺の僧侶だったと聞いていたが
もしかしたらまた僧侶になっているかもしれなかった。
しかし栄養失調で飲まず食わずの旅である。
旅の途中で生き倒れる心配も大きかった
父の命日に2年続けて出会ったのは父の導きだと信じている。
父自身もお遍路の経験者で納経帳が遺品になっていた。
しかしお葬式は弟の都合で「神式」でせざるを得なかったのだ。
だからと云って父が浮かばれないとは思わなかったが
そのことがずっと気になっており歳月が流れ続けていた。
「お父さんはもう大丈夫」Wさんの言葉は一生忘れない。
父の魂はきっと安らかに成仏したことだろう。
父が亡くなってから毎朝「般若心経」を唱えている。
Wさんから頂いた「身代わり札」も父の遺影に供えてあった。
※以下今朝の詩
職業遍路その3
朝から何も食べていない 旅人はそれを 誇らしそうに云うのだった
四国には「お接待」と云う 文化が根付いている
蜜柑だったりお米だったり 畑の大根だったりする
出会ったのは父の命日で 二年も続けて会ったのだ 「お父さんの導きやろう」と 旅人は大きくうなずき 供養のためにとお経を唱えてくれた
「お布施はいらんがな」と云う しかし何もせずにはいられない
せめてもとバナナをお接待した 旅人は美味しそうに頬張る
「栄養失調」なのだそうだ 食べないと死んでしまうだろう
「それもええがな」と微笑む まるで死に続く旅に思えた
空腹でも歩き続ける もう何巡目だろうか 憶えてはいないらしい
陽に焼けた顔には 確かに「いのち」が宿っていた
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