ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年01月23日(金) 終りのない旅

氷点下の予報だったが0℃に留まる。

さほど寒さを感じないのはもう慣れてしまっているからだろう。

暖房器具さえあれば少しも苦にはならない。


道路凍結もなく無事に山里へ着いたが

やはり昨夜雪が降ったのだろう。

薄っすらと雪化粧をしていた。

そんな雪も朝陽を浴びれば直ぐに溶ける。

南国土佐の雪は何とも儚いものだ。


同僚が大腸ポリープ切除のため休んでおり

工場は開店休業であったが

支払いの来客が何人かありけっこう忙しかった。

散髪屋さんをしているお客さんは話し好きで一向に帰らない。

仕事の愚痴ばかりであったが嫌な顔も出来なかった。

「あんたはええねえ、座っているだけで給料が貰えて」と云う。

「わしらあなんぼ座っておってもお客は一人も来んぞ」と続く。

何だか耳が痛かったが笑い飛ばすしかなかった。

どんな商売であってもお客さんがあってこそ成り立つ。

そのお客さんが一人も来ない日が多いのだそうだ。

何とも気の毒でならないが同情してもどうしようも出来ない。

義父は常連さんであったがいつ行っても留守なのだそうだ。

予め電話で予約をしておきその時間に必ず行かねばならない。

おまけに3時前にはもう店を閉めて市内の温泉施設に行く。

それが日課で一番の楽しみなのだそうだ。

それでは商売も上がったりだろうと思うが

要らぬ口を叩けば気を悪くするばかりである。

「楽しみもないといかんよ」と云うと「そうじゃろう」と微笑んでいた。

もう60歳を超え家族もなくたった独りで暮らしているのだった。


午後、大変なトラブルが発生。代書事務所から電話があった。

昨日送った「中古新規登録」の車がリコール未対策とのこと。

義父が早急にディラーに頼み込み明後日修理をしてくれることになる。

お客さんも全く知らなかったそうで私も迂闊であった。

今後は二度とあってはならないことで気を引き絞めねばならない。

明日はナンバーが届き納車の予定であったが出来なくなった。

「休んだらええわや」と義父が云ってくれてそうすることに決める。

同僚も明日はまだ安静が必要で休みになっていた。


その同僚から夕方電話がありまだ完全に切除出来なかったらしい。

後日再び検査をして残りのポリープを切除するのだそうだ。

なるべく早い方が良いと思うが仕事の段取りもしなければならず

病院から指示があるのを待つことにした。

同僚も落ち着かない様子であったが既に俎板の上の鯉である。



今日は茶の間に新しいテレビが届いていた。

私はまだ買い替えるつもりはなかったが

先日から調子が悪く「壊れてからでは遅いぞ」と夫が云い張る。

息子のお下がりのテレビだったので相当古くもう寿命かもしれなかった。

夫の何と嬉しそうなことだろう。大相撲を食い入るように観ていた。

「人生最後のテレビやね」と二人で笑い合う。



今朝も私がこれまで出会ったお遍路さんの詩を書いた。

Mさんと同じく何度も会っているGさんである。

人懐っこくて愉快なお遍路さんであったが

若い頃に余程の辛いことがあったらしい。

それを話すことはなかったが何処か影のある人であった。

病魔に侵され亡くなったと聞いてから数年経つが

くりくりっとした大きな瞳が今も忘れられない。


※以下今朝の詩


  職業遍路その2

わしはもう
いつしんでもええんじゃ

巡礼の旅人は空を見上げ
遥か遠くを探ろうとする

歩くことが生きること
人生の大半をそうして来た

托鉢をしながら暮らす日々
それが叶わない日もあった
空腹でならない
その日食べる物がない

身体が不調であっても
病院へ行けなかった
健康保険証もない
もちろんお金もない

そのうち野垂れ死ぬだろう
その日が来るのを待っている

溌溂としていた若き日を想う
愛する人も確かに存在していた
しかし大きな喪失に勝てなかった

わしはもう
いつしんでもええんじゃ

独りぼっちではなかった
同行二人の笠を深く被り
その日の道を歩き続ける

死んだって幸せにはなれない
生きていたって幸せではない

巡礼の道は延々と続き
それは終りのない旅であった


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