ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年01月22日(木) 雪の山里

朝の気温は2℃、氷点下にはならなかったが

日中も気温が変わらず厳しい寒さとなった。

山里は朝から雪が降っており一向に止まない。

今夜も降り続けば明日は一面の雪景色となるだろう。

同じ高知県西部でも市内は全く降っていなかった。

青空が見えており陽射しも十分にあったようだ。


先日来の暖かさのせいが畑に菜の花が咲き始めている。

この寒波が過ぎれば一斉に咲くことだろう。

どれほどの寒さでも必ず春がやって来る。


今朝は餌を食べ終ったみい太が鳴きやまずみゃおみゃおと騒がしい。

餌は十分に食べており寒さを訴えているようだった。

事務所に招き入れてやることも出来ず憐れでならない。

鉄工所のKちゃんが段ボール箱に毛布を入れて持って来たが

入ろうともせずに事務所のドアの前から動こうとしない。

雪で散歩どころではなくどんなにか寒かったことだろう。



今日は義父が居てくれて随分と仕事が捗った。

車検が4台完了し車検証等の書類を代書事務所に郵送する。

同時に重量税の精算もしなければならずまたお金が飛んで行った。

立て替えるのは本当に厳しい。それだけ資金の余裕がないのである。


午後も車検があり定時では帰れず残業となった。

カーブスへ行きたかったがそれどころではない。

同僚も義父も寒さのなか一生懸命に頑張っていた。

工場には暖房設備がないのでどんなにか寒いことだろう。

私は事務所でぬくぬくとしており心苦しくてならなかった。



買い物を終えて4時過ぎに帰宅したが

夫は暖房も点けずに大相撲を観ていた。

炬燵があれば十分だと云うが部屋はしんしんと冷え込んでいる。

やはりもったいないと思うらしいが我慢は禁物だと云い聞かせた。

確かに光熱費は嵩み家計に響くが風邪を引いたら元も子もない。

夏も冬も快適に過ごすのが一番である。


いつものように夫と先に夕食を済ませたが

孫達はそれぞれの部屋で食べており娘は一人で食べていた。

娘婿は今夜も「しらすうなぎ漁」に行ったようだ。

深夜に帰宅することが多くまるで母子家庭である。

仕事は未だに休職中で復帰する気配もない。

お給料は支給されているらしいが気遣わずにはいられなかった。


「しらすうなぎ」は「海のダイヤ」と云われており

大漁の時には一晩で数十万円にもなるのだそうだ。

寒くて風が強いほど獲れるので今が稼ぎ時なのだろう。

けれども休職中の身でと思わずにいられなかった。

娘は何も云わない。もちろん娘婿も自由を謳歌している。



最近はお遍路さんを見かけなくなったが

今朝は職業遍路のMさんのことを思い出して詩を書いた。

ぷっつりと会えなくなってもう三年程だろうか。

これまで年に数回会っていたので気掛かりでならない。

おそらく何処かの土地で落ち着いて暮らしていると思うが

もしかしたら娘さんの住む山梨に帰ったのかもしれない。

それが一番に思うが消息を知ることは出来なかった。

お遍路に生涯を尽くしたような人生であったが

穏やかに幸せな老後を送っていて欲しいと願って止まない。


※以下今朝の詩


  職業遍路

帰りたいけどさあ
帰れないんだよう

その人の職業は
「お遍路」であった
四国霊場をもう
百回も巡ったそうだ

地図は持っていない
携帯電話も持っていない
ただ脚だけが頼りである

娘さんからの手紙は
お寺宛に届き
初孫が生まれたのだそうだ

あいてえなあ
かわいいだろうなあ

日に焼けた顔がほころぶ
陽だまりのような笑顔であった

奥様を亡くされ
供養のための旅である
もう十分ではないのか
いやまだ足らないと云う

帰りたいけどさあ
帰れないんだよう

春夏秋冬と季節は巡り
どれほどの景色を胸に
刻み続けて来たことだろう

雨の日も風の日も雪の日も
ひたすら歩き続けて来た

見上げればいつも空があり
旅の無事を祈り続けている


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