ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年01月20日(火) まだまだこれから

二十四節気の「大寒」一年で最も寒さが厳しい頃であるが

日が長くなるのでゆっくりと春に向かう頃でもある。

目の前には「立春」があるのが希望でもあった。


最高気温は13℃と昨日よりも大幅に下がったが

陽射しがたっぷりとあり過ごし易い一日となる。

しかし夕方から風が冷たくなり寒波は避けられないだろう。

明日の朝は氷点下の予報であった。


花屋さんの店先に可愛らしいパンジーがたくさん並んでいた。

パンジーは寒さに強く雪が降っても微笑んでいる花である。

買い求めたくてたまらなかったが今日も諦めてしまった。

店員さんが声を掛けてくれて「見るだけ」を許してくれる。

先日のジュリアンはもう枯れ始めていて憐れだった。

花屋さんは半額にしても売り尽くそうとしている。

捨てることをしないのだ。それもひとつの優しさなのだろう。



仕事は今日も順調に「車検整備」が完了する。

しかし義父が今日も慌ただしくしていて「車検」が出来なかった。

また中古の農機具を買い求め嬉しくてならないようだ。

去年の秋からいったいどれほどお金を使ったことだろうか。

あればあるだけ使ってしまうので何だかほらはらと心配になる。

今年もお米の価格が高値なら良いが安ければ忽ち困るだろう。


事務所には立て続けに来客があり賑やかだった。

なんとそれぞれに冬野菜をたくさん持って来てくれたのだ。

白菜、大根、蕪、ほうれん草、ブロッコリーもある。

しばらくは野菜を買わなくて済み何と有難いことだろう。

田舎の山里ならではのこと。心優しい人ばかりである。


今日も義父の様子を伺いながら定時で退社した。

帰り道に平田町のお客さんに忘れ物を届けに行ったら

「干し柿食べんかね」と自家製の干し柿を頂く。

子供の頃には祖父が干していて何とも懐かしい。

助手席に置いて食べながら帰る。甘くてとても美味しかった。


カーブスは今日もいつものメンバーで楽しくてならない。

すっかり顔なじみになり会話も弾んだ。

ふと自分はこんなに明るい性分だったのかと思う。

弾んでいる自分の声が何だか別人のように思えた。


帰宅して娘に聞いたのだがサニーマート内の「キャンドゥ」が

今週一杯で閉店になるのだそうだ。

今日は寄らなかったので全く知らずにいたが

いつも利用していただけに残念でならない。

「セリアがあるじゃん」と娘は簡単に云うが

例え同じ敷地内でもとても不便に思えた。

セリアの店内は広過ぎて私の足ではかなり辛いのだった。

今日から全品半額処分をしているそうだが

明日ではもう遅いだろうとがっくりと肩を落とす。

夫の靴下を2足買ったのがどうやら最後になりそうだ。


足が不自由なりに出来る事は頑張ろうと思う。

しかし杖を付いても50メートル程しか歩けなくなった。

カートを押しながら買い物をするのも背筋を伸ばして歩けない。

背を丸めカートに縋り付いて歩いているのが私である。


手術までは程遠くあと10年と思いつつ前途はそう明るくはない。

野垂れ死ねばそれまで。杖を付きながら三途の川を渡るのである。

「明日死ぬかもしれない」といつも思うが

その明日が来れば「今日は死にそうにない」と思う。

そうそう簡単に人は死なないのではないだろうか。


志半ばであれば尚更のことである。

まだまだ足らない。まだまだ「明日」が必要なのだ。


※以下今朝の詩


   大寒

ぱっかぱっか
蹄の音が聞こえ
冬将軍が馬に乗ってやって来る
槍だろうか刀だろうか
鋭い光を放っている

野花たちは身を寄せ合い
互いを守ろうとしている

春の兆しにほっとして
いち早く咲いた花であった
明日を信じることで
どれほど安らいだことだろう

ぱっかぱっか
それは容赦なく近づいて来る

戦などするつもりはない
たとえ踏み荒らされても
きっと生きて見せよう

冷たい風が吹き抜けていく
おひさまはまるで母のように
優しく微笑んでいるのだった





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