二十四節気の「小雪」そろそろ雪が降り始める頃。
季節はもう本格的な冬と言って良いだろう。
南国土佐は暖かな一日となったけれど北国を気遣う。
もうすでに初雪が降っており厳しい寒さに見舞われていることだろう。
仕事帰りに星ヶ丘公園に立ち寄っていた。
樹々の紅葉がわずかに見られたけれどあたり一面が雀色。
竜胆も枯れ始め山茶花も散り始めていた。
葉をすっかり落とした柿の木がたわわに実を残していたのが
唯一の彩りに見えほっと心が和んだような気がする。
植物も冬支度なのだ。寒さを乗り越えてこその春なのに違いない。

椎名誠の「ぼくがいま、死について思うこと」を読んでいるが
死を恐れる気持ちや不安な気持ちが無いことに勇気づけられる。
「悪運に強い」と記されているが正にその通りだろう。
生命力は人それぞれだと思うけれど自分の命を信じること。
これくらいのことでくたばってたまるもんかと思いたい。
幸い私はこれまでの人生で九死に一生を得たことはない。
辛いことは沢山あったけれど命に関わる事ではなかった。
少女時代に「死にたい」と思ったことはあったが
そう思う自分を憐れに思うばかりであった。
自分が可哀想でならない。けれども死んでしまえばもっと可哀想だ。
人は何があっても生きることを諦めてはいけないのだと思う。
瀬戸内寂聴は「定命が尽きるまで」と言った。
定命とは仏教の言葉でこの世に生まれた時からすでに定まっている
寿命のことである。幼い死もあれば長寿を全うすることもある。
それは誰にも知らされていない。だからこそ生きなければならない。
今日かもしれない明日かもしれない漠然とした命である。
私が死を怖れるようになったのはまだ40代の頃だった。
怖れと云うより不安でならなかった。心細くてならなかったのだ。
確かに生きているのだけれど心もとない。
これで良いのかこのままで良いのかと自問自答を繰り返すばかり。
自分がとてつもなく儚い存在に思えてならなかった。
今思えばそれはとても愚かなことだったのかもしれない。
とにかく与えられた一日を全うすること。
今は精一杯に生きているのだと自分を信じている。
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