夜明け前、名残の月を仰ぎながら自分について考えていた。
心に問うと云うよりも心を追い詰めるようなこと。
逃げも隠れもしないのだ。何処に向かおうと私の勝手なのだろう。
欲だらけの醜さ。綺麗ごとばかりの見栄。分不相応な拘り。
どうやらそれが私の真実の姿であるらしい。
「月が私を見ている」そう記してやっと自分を認めることが出来た。
生きてきたことを誇りに思いたい。そうしてこれからも生きていきたい。

今日は整形外科の受診日だった。医師との会話が楽しみでならない。
とても親身になってくれてまるで心療内科のようだった。
手術を勧めてくれたけれどほぼ2か月の入院になるとのこと。
仕事を持つ身にはとても無理な話であった。
私が「80歳になったら考えます」と言ったら医師の笑うこと。
おまけに「そのうちぽっくり死ぬかもしれないし」と言ったら
悪い冗談だと思ったのか医師も看護師さんまでも笑い転げていた。
けれどもそれは私の本音である。
痛みをあの世まで持って逝くという選択肢もあると思うのだ。
あの世に逝けば手も足もない「魂」になるのだから
痛みのない素晴らしい世界が待っているのではないだろうか。
そう思うと死ぬのもまんざら悪くはないなと思ったりする。
いや、待てよ。私は長生きをするのだったとはっと気づく。
そのうち腰も曲がるだろうし杖に頼るのも良いかもしれない。
今はおしゃれな杖もあるしちょっと憧れたりもするのだった。
目標は米寿かな。夫に先立たれた未亡人と云う設定も良い。
でも独り暮らしは寂しいだろうな。気が狂ってしまいそうだ。
それよりも施設に入居した方が良いだろうか。
子供達に迷惑を掛けるのだけはなんとしても避けたい。
その頃には施設もインターネットし放題になっているだろう。
私はノートパソコンで最後の最期まで書き続けるのであった。
もう充分に生きた。もう思い残すことはない。そう思える日まで。
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