ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2022年10月01日(土) 気分一新の神無月

窓から三日月が見えている。まるで一切れの檸檬のようだ。

そんな月を仰ぎながら一日を振り返るのも良いものである。


カレンダーを10月にしたら一面の秋桜畑だった。

ラジオから山口百恵の「秋桜」が流れてくる。

母を想った。胸に熱いものが込み上げてきて涙がこぼれる。



早朝にお大師堂へ。ほぼひと月ぶりではなかっただろうか。

花枝(しきび)が気になっておりあらかじめ準備して行く。

これだけは人任せに出来ない。私の役目なのだと思っている。

日捲りの暦を今日にして花枝を活け替える。


さらさらと川のせせらぎの音を聴きながら般若心経を唱えた。

家族皆の平穏無事を祈らずにいられない。

神様は出雲の国だけれど仏様はきっと身近に居てくれるだろう。

ふとそんなことを思いながら手を合わせていた。


お線香の補充をしようとしたらもう買い置きがなかった。

買うことは容易いけれどすぐに持ってくる自信がない。

今朝は特に足の痛みが酷く歩くのも辛いほどだった。

仕方なくSさんに頼むことにして書き置きを残す。


手水鉢の水も空っぽ。ああどうしようと困り果てる。

川の水を汲みに行けない。なんとも情けない有り様だった。

Sさんや他のお参り仲間さんがきっと気づいてくれるだろう。

後ろ髪を引かれるようにしながらお堂を後にする。

疎かにしていることばかりだけれど私は精一杯であった。





買物を済ませてからカーブスへ。

先週は川仕事があり休んでいたので2週間ぶりだった。

例の親身になってくれるコーチが不在でなんとなく心細い。

案の定、足の痛みを気遣ってくれる人もなく気分が塞ぐ。

新人コーチが声を掛けてくれたけれど社交辞令に聞こえる。

頑張れないのに「頑張りましょう」とは辛いものである。


気分転換を兼ねてすぐ隣のセリアに寄っていた。

娘が働いているお店なので見つからないようにこっそりと。

「恥ずかしいので来ないで」といつも言われているのだった。

可愛らしいお皿を見つけたので孫たちにと買い求める。

レジに娘が居なかったのでこれ幸いと逃げるようにお店を出た。



気分転換が出来るうちはまだ大丈夫だと思う。

負にばかり囚われてしまうと本当に壊れてしまいそうだ。

けれども世の中には不治の病と闘っている人もたくさん居る。

私の足の痛みなど本当に些細なことなのではないだろうか。

命に係わることではないそれだけで恵まれているのだと思う。


70歳、80歳と人生はまだまだこれからなのだ。






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