| 2022年09月25日(日) |
秋暑しだからこその初の鍋 |
午後6時半、もう日が暮れすっかり暗くなった。
SNSで繋がりのある方から「秋暑し」という言葉を教わる。
「残暑」には違いないがなんと風情のある言葉だろうと思った。
日本語の奥ゆかしいこと。逝く夏のせつなさと愛しさを感じる。
予定通りの川仕事。今朝は昨日ほど足の痛みが無く順調に捗る。
潮が完全に引くまではふくらはぎまで水があり
水圧を受けながらばしゃばしゃと歩くことが出来た。
もはやそうなれば荒治療にもなり痛みが徐々に薄れていく。
2時間ほど頑張りやっと漁場に竹杭を打ち終えていた。
程よい疲れと心地よい達成感は何ものにも代え難いと思う。
すっかり潮が引くと今までに見たこともない貝がたくさん見えた。
灰色の三角帽子のような形をした貝でとても珍しい。
確かに生きているらしくゆっくりと動いている貝もあった。
大量に発生するには川に異変が起きているのかもしれないけれど
生き物が生息出来る場所であることは救いにも思えるのだった。
海苔はどうだろう。自然環境の変化に耐えられるだろうか。
試練を乗り越える命の営みを信じてやりたい気持ちでいっぱいになる。
「秋暑し」の一日だったけれど夕飯は初鍋物で「水炊き」にした。
鶏肉と魚のすり身がメインの質素な水炊きであったけれど
素潜り漁から帰って来た娘婿の石鯛とグレ、伊勢海老も加わる。
そうして思いがけないほどに豪華な水炊きになった。
家族揃っての夕食も久しぶりのことでなんと嬉しかったことだろう。
「家族ではない」と言われ続けているけれど
時々はこうして家族の真似事もしてみたいものだった。
不確かなことがあっても幸せには違いない。
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