| 2022年09月04日(日) |
古いものと新しいもの |
大気がとても不安定でぱらぱらと雨が降ったり
かと思えば夏の名残りを思わすような強い陽射し。
台風が去り秋雨前線が退くまでは爽やかな秋空は望めそうにない。
再来週には孫達の運動会が予定されていているのだけれど
練習もままならないことだろう。いったいどうなることやら。
無事に開催されることをひたすら願ってやまない。
午前中に電器店へ。新しいパソコンの支払いを済ませて来たけれど
あれこれと設定があるらしくすぐに使える訳ではなかった。
それが自分で出来ないのがなんとももどかしい。
9日の金曜日に店員のN君が我が家に来てくれる予定だったけれど
早い方が良いだろうと今夜自宅でやってくれることになった。
順調に行けば明日の夜から新しいパソコンを使えるようになる。
それがどうしたことか少しもわくわくとしないのだった。
正直言って不安である。使いこなす自信が殆ど無い。
それと同時に今の古いパソコンに異常なほど愛着を感じているようだ。
母はまだ生きているのだから形見では決してないのだけれど
新しいのを買いました。もうお払い箱だとは告げたくはない。
本来ならば寿命が尽きるまで大切に使い続けてやりたかった。
パソコン教室へ通っていた頃の母を思い出す。
文字入力も上手くできない。マウスさえも操ることが出来なかった。
それでも必死の思いで母は格闘していたのだと思う。
職場のパソコンで練習するようにと勧めたこともあったけれど
母はまるで意地を張っているかのように頑なに拒否していた。
今思えば母は悔しくてならなかったのではないだろうか。
「出来ない」事実を受けとめることはとても辛いことだと思う。
母には何も告げてはいないけれど複雑な思いが込み上げて来る。
「新しい」ことが希望だとは決して限らないのではないかもしれない。
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