今朝は随分と涼しく秋らしさを感じる。
早朝にお大師堂へ。爽やかな川風の心地よいこと。
お堂の扉を開けたら真っ先に枯れ始めた花枝が見えた。
まだ大丈夫だと思い込んでいたので持参しておらず
踵を返しシキビを手折りに車を走らす。
足の痛みさえ無ければ少しも苦にはならないのだけれど
今朝は歩くのがやっとでなんとも難儀であった。
「がんばれ、がんばれ」と自分を励ましていたら
目頭が熱くなりなんと情けないことだろうと思う。
日頃からお参りを疎かにしている罰ではないかとも思った。
けれども自分の役目をなんとしても果たしたいのだった。
花枝を活け替えるとほっと肩の荷が下りる。
拙い般若心経の後につい欲が出てしまって
「足を治して下さい」と手を合わせていた。

今日は娘達と同居を始めて8年目の記念日。
家族の誰も記念日だとは思っていないようなのだけれど
私のカレンダーにはそれらしく記してあるのだった。
今朝は2014年の8月の日記から読み返していた。
やはり日記は誰の為でもない自分の為のものだと改めて感じる。
ささやかなことだけれどそこには家族の歴史があった。
臨月であった娘のこと。次々と娘達の荷物が増えていったこと。
同居が始まると私の日記は書けない日が多くあった。
9月にめいちゃんが生まれるとそれはいっそうに増している。
ミルクを飲ませたりオムツを替えたりと忙しかったのだろう。
日記どころではない日々がしばらく続いていたようだ。
それも今となってはとても懐かしく感慨深く思い出される。
あやちゃんとお大師堂へ行ったこともよく記されていた。
「おだいししゃん」木魚を玩具のように叩いたことなど懐かしい。
「なむだいしへんじょうこんごう」がまだ上手に言えなくて
「こんごん、こんごう」と小さな手を合わせたことなど微笑ましい。
あやちゃんは憶えていないだろうけれど私はしっかりと憶えている。
あやちゃんは10歳となりめいちゃんはもうすぐ8歳となる。
孫たちの成長は私にとって宝物のように思えてならない。
家族ではないと言われた時にはとても悲しかったけれど
同じ一つの屋根の下に暮らす家族に違いないと私は信じている。
娘は口癖のように「いつまでも居ないから」と言っているけれど
未だに我が家を出て行く気配は感じられなかった。
これ幸いと思いつつ私達老夫婦はすでに覚悟を決めている。
家族だった事実があればどれほどの寂しさにも耐えられるだろう。
もしかしたら10年目の記念日も訪れるのかもしれない。
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