おおむね晴れ。真夏日となりこの時期らしい蒸し暑さだった。
早朝の涼しいうちにお大師堂へ。花枝(しきび)が気になってならず
活け替えようと持参していてちょうど良かった。
夏はどうしても長持ちしない。萎れて葉が落ち始めていた。
お大師堂のすぐ近くの河川敷に車を停めたのだけれど
お堂までの30メートル程の距離が辛くてならない。
一歩一歩と自分を励ましながらなんとか辿り着いた。
お堂の傍らには浜木綿(はまゆう)の花が咲いており
まるで人影のように佇み私を待っていてくれたようだ。
毎年のことでSさんに無残に刈られてしまうのだけれど
今年は気が向かなかったと見える。Sさんの気まぐれに感謝だった。
花枝を活け替えるとなんとも清々しい気持ちになる。
役目を果たした達成感のようなものだろうか。
義務なのではなく「与えられたこと」と受けとめるばかりである。
川のせせらぎの音を聴きながら拙い般若心経を唱えた。
近況報告をしながらつい欲が出て自分の足のことを祈ってしまう。
完治は望めないとしてもせめて痛みが薄れますように。
なんだかお大師さんが苦笑いしているようでもあった。

午後はドコモショップへ。じいちゃん(夫)の機種変更と
母の携帯の修理を依頼しに行ったのだけれど
なんと思いがけず3時間も掛かり酷く疲れてしまった。
母の携帯は修理不可能と言われ機種変更するしかないらしい。
それも本人確認が必要らしくいくら娘でも駄目だと言われた。
施設に入居していることを伝えたらとにかく意思確認をと言う。
そうそう簡単にはいかない。臨機応変ともいかないようだ。
仕方なく来週の日曜日に再度予約を入れて帰ることになった。
施設に予め連絡をしショップの人が母と話をするらしい。
母はどんなにか戸惑うことだろう。それも気がかりなことであった。
娘は娘。母は母。代理では何事も整わないことを強く実感する。
けれども母とはなんとしても繋がっていたい。
こんな時に限って母の声を聴きたくてたまらない私であった。
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