晴れのち雨。おかげで暑さがかなり和らいでいる。
室温28℃で快適と言って良いだろう。
ここ数日の暑さで朝顔を枯らしてしまったようだ。
萎れていたのですぐに水遣りをしたのだけれど手遅れだったのか
今朝になっても萎れたままで無残に項垂れている。 毎朝花を咲かせていただけに残念でならない。
金魚草、日日草、夏スミレはとても元気である。
朝顔は夏を代表する花であるだけに強いものと思い込んでいた。
まるで親しい人を突然失ってしまったような哀しい気分である。

同人誌のお仲間さんであるYさんがエッセイ本を出版されて
私のような落ちこぼれの者にもその本を送り届けて下さった。
お手紙も添えて下さり昨年の秋に初めて会った時の私のことを
「エネルギッシュな方だなあと思いました」と書いて下さっていた。
それは思いもよらないことでとても意外な「第一印象」である。
どうしてそんな風に感じられたのか腑に落ちないくらいである。
Yさんはとても気さくな方で親しみやすい女性であった。
70歳を過ぎているとは思えない生き生きとした若さが感じられた。
Yさんこそがエネルギッシュだと言っても他言ではないだろう。
頂いた本を早く読みたくてたまらなくなり午後からそれを開いた。
ぐんぐんと惹き込まれる文章にひたすら魅了されるばかりである。
読み進むうちに感動で胸が熱くなる。それは正に恵みの水に他ならない。
私はおそらく萎れていたのだろう。枯れる目前だったのかもしれない。
Yさんはそんな私に水を与えて下さったのだった。
「大丈夫よ、まだ生きられる」そんな声が聴こえて来るようだった。
命の蝋燭のことが書かれていた。それはいつ消えてしまうのか。
不安でならないのは決して私だけではなかったのだ。
この世に生まれた時から神様が授けて下った蝋燭に火を灯し
時に風に揺らぐ炎をどれほど守り続けて来たことだろう。
蝋燭は日毎に短くなる。永遠に灯り続けることなど出来やしないのだ。
けれどもその蝋燭を胸にかざしている。それが生きると云うこと。
水を与えられた私は再び咲く朝を待っている。
そうしてやがては種になり地にこぼれては芽をだすことだろう。
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