ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2022年07月02日(土) 恵みの水

晴れのち雨。おかげで暑さがかなり和らいでいる。

室温28℃で快適と言って良いだろう。


ここ数日の暑さで朝顔を枯らしてしまったようだ。

萎れていたのですぐに水遣りをしたのだけれど手遅れだったのか

今朝になっても萎れたままで無残に項垂れている。
 
毎朝花を咲かせていただけに残念でならない。

金魚草、日日草、夏スミレはとても元気である。

朝顔は夏を代表する花であるだけに強いものと思い込んでいた。

まるで親しい人を突然失ってしまったような哀しい気分である。





同人誌のお仲間さんであるYさんがエッセイ本を出版されて

私のような落ちこぼれの者にもその本を送り届けて下さった。

お手紙も添えて下さり昨年の秋に初めて会った時の私のことを

「エネルギッシュな方だなあと思いました」と書いて下さっていた。

それは思いもよらないことでとても意外な「第一印象」である。

どうしてそんな風に感じられたのか腑に落ちないくらいである。


Yさんはとても気さくな方で親しみやすい女性であった。

70歳を過ぎているとは思えない生き生きとした若さが感じられた。

Yさんこそがエネルギッシュだと言っても他言ではないだろう。


頂いた本を早く読みたくてたまらなくなり午後からそれを開いた。

ぐんぐんと惹き込まれる文章にひたすら魅了されるばかりである。

読み進むうちに感動で胸が熱くなる。それは正に恵みの水に他ならない。


私はおそらく萎れていたのだろう。枯れる目前だったのかもしれない。

Yさんはそんな私に水を与えて下さったのだった。

「大丈夫よ、まだ生きられる」そんな声が聴こえて来るようだった。


命の蝋燭のことが書かれていた。それはいつ消えてしまうのか。

不安でならないのは決して私だけではなかったのだ。

この世に生まれた時から神様が授けて下った蝋燭に火を灯し

時に風に揺らぐ炎をどれほど守り続けて来たことだろう。

蝋燭は日毎に短くなる。永遠に灯り続けることなど出来やしないのだ。


けれどもその蝋燭を胸にかざしている。それが生きると云うこと。


水を与えられた私は再び咲く朝を待っている。

そうしてやがては種になり地にこぼれては芽をだすことだろう。






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