相変わらずの梅雨空。時おり霧のような雨が降る。
明日はもう夏至だけあって外はまだ随分と明るい。
玄関先の燕が巣立ったばかりだと云うのに
また新たな巣を作ろうと燕達が勤しんでいる。
古巣には見向きもせずに今度は玄関扉の真上であった。
それはさすがに困る。あっという間に玄関は泥だらけの有り様。
燕を憎むわけではないけれどアルミホイルで覆いをした。
毎年試みていることでこれがけっこう効き目があるのだった。
「どうか古巣にお入りなさい」と念じているのだけれど
今度は一切寄り付かなくなってしまう。それも寂しい。
意地悪な家主と恨んでいるのかもしれない。
燕が巣を作る家は幸運に恵まれると云うけれど本当だろうか。

けい君4時半に起床。今朝は随分と早起きだった。
熱は37℃、微熱ぎりぎりの微妙なところだったけれど
食欲もあり元気なので大丈夫だろうと登校させる。
久しぶりの学校で嬉しかったのか兎のように跳ねながら出掛けた。
月曜日の仕事は少し忙しく郵便局へ行ったり役場へ行ったり
お昼休みにも来客があり対応に追われていた。
午後は隣町の宿毛市まで集金。お得意様なので手土産を持って行く。
山里の地場産店で「筋なし豌豆」を買った。
お得意先の事務員さんが「今夜のおかずね」と喜んでくれる。
笑顔あってこその商売だとつくづく思ったことだった。
そんなこんなで仕事が面白くてたまらない。
やはりゴールが見えないほうが身の為かもしれなかった。
最近はある日突然職を失ったらどうしようと不安になる。
それは一番に経済的なことだけれど年金だけでは食べていけない。
物価はどんどん上がっているにも関わらず年金は下がる一方なのだ。
まるで国に見捨てられた難民にも等しいのではないだろうか。
食費を切り詰め半額商品を漁っている庶民の味方は何処にも居ない。
義父はあと10年は頑張ると意欲を漲らせている。
私は75歳。どれほど衰えていることだろう。
けれども父の意欲に励まされ尚且つ縋りつくような気持ちである。
おそらくそれからが私の老後なのだと思う。
長生きをして全うするべき人生の春なのに違いない。
生きたい生きたい。そればかり欲のように頭から離れない。
命にしがみつく。それは決して諦めないことだ。
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