夜が明ければ快晴の空。朝風が心地よく吹き抜けていく。
薄闇でしきりに鳴いていたホトトギスの声が聴こえなくなる。
夜行性なのだろうかその習性はよく知らないけれど
昼間にその声を聴いたことがない。とても不思議な鳥だなと思う。
朝のうちにお大師堂へ行き思わず愕然としてしまった。
つい先日活け替えたばかりの花枝(シキミ)が無残な有様だった。
誰かが姫女苑の花を添えてくれていたけれどそれも枯れ
自分の怠慢を思い知らされたような光景を目の当たりにする。
夏場は冬のように長持ちはしないことは知っていたけれど
やはり常に見守ってやらなくてはいけない。反省の極めである。
つい先日と云っても私の足が遠のいていた証でもあろう。
そうなればもうお参りどころではなくなってしまって
急いで新しい花枝を手折りにお堂を飛び出していた。
我が家には姑さんが残してくれたシキミの木が3本ほどあり
特に手入れもしないのに見事な新緑の葉が生い茂っている。
枝ぶりの良いのを5本ほど手折りまた急いでお堂へ駆けつけた。
やっと心が落ち着き清々しい気持ちで般若心経を唱える。
願いごとはしないつもりでもついつい祈りたくなる。
信仰心と云うよりも何かに縋りつきたい気持ちがあるのだろう。
今日は息子のことばかり。一日も早い平穏を祈らずにいられなかった。
帰り際にふと思ったのは今後のお堂の管理のこと。
私もそうだけれどお参り仲間さん達もすっかり高齢となり
今でこそ生き永らえているけれど先の不安は免れない。
地区の役員さんに任せるにも心もとなく感じられるのだった。
やがてはおざなりになるのではないか。いったいどうなるのか。
地区のパワースポットとして永遠に残り続けて欲しいと願ってやまない。
さらさらと流れる大河を眺めながら物思いにふける。
この川は間違いなく太古の昔から流れていたことだろう。
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