3時頃からぽつぽつと雨が降り始めた。
今夜から明日の朝にかけて本降りになりそうである。
今はまだ静かな雨音を聴きながらこれを記し始めた。
雨だれの音が耳に心地よい。私までもこぼれ落ちてしまいそうだ。
そこは何処だろう。不安がってばかりいてはいけないと思う。
田辺聖子の「おかあさん疲れたよ」を読了。
図書館で借りた時にはてっきり自叙伝的な小説だと思い込んでいたけれど
読んでみれば夫と妻のそれぞれの恋心のような想いが描かれていた。
はっきり言って私には無縁の物語のように思えたけれど
意に反して感情移入してしまい読後感がとてもせつなく胸に沁みた。
尾を引きながらもきっぱりと断ち切るような潔さも感じられる。
最後に恋をしたのはいつのことだったか。
まだ40代の女盛りだった頃は死ぬまで恋をしていたいと思っていた。
そんな情熱も年を重ねるごとに薄れてしまったようだ。
人間的に惹かれる人はいても恋には結びつかない。
男だとか女だとかに拘るのもまっぴら御免だと思うのだ。
女として見られるのもひどく嫌悪感を感じるようになった。
出来れば「ニンゲン」として見て欲しいと願ってやまない。
恋するせつなさ。胸のときめき。涙もあれば苦しさもある。
私はそんなあれこれからすでに解放されているのだと思う。
生きることに精一杯でわき目を振る暇もない程に忙しい。
縁は確かにあるけれどそれはあくまでも魂の出会いであろう。
「なんとなく好き」そんな言葉でひとくくりにしてしまいたい。
去る者は追わず来る者は拒まずが信条ではあるけれど
私を女だと思って近づこうとする人は断固として拒否したい。
そうして人間関係をまあるく納めていくのが私の理想である。
もう恋なんてするつもりはない。
たとえ死ぬまで女だったとしても。
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