先ほどまで西日が射し込んでいたせいか室温が31℃もある。
夕風が涼しくはあるけれどお風呂上がりの汗が引かず
扇風機を回している。彼女は忙しなく首を左右に振り続けているばかり。
物心ついた時分から扇風機はあったけれど
母はよく団扇を使うことが多かった。お昼寝の時などそれは優しく
まるで母の手そのもののように撫でられているような気がしたものだ。
今では団扇を使うことなど無くなりただただ懐かしい風となった。

昨夜じいちゃんの友人が亡くなり今夜はお通夜だった。
気さくで明るい人だったので一気に寂しさがつのる。
水道屋さんの仕事をしていたので我が家もよくお世話になった。
最後に会ったのは昨年の秋だったか、「もう俺はいかんぜ」と
半ば冗談のように嘆いていたけれどやはり病魔に勝てなかったようだ。
覚悟はしていてもあまりにもあっけない最期に胸が詰まる。
お通夜から帰って来たじいちゃんも気落ちしているだろうと思えば
なんとあっけらかんとしていて「先に逝ってしもうた」と平然としている。
彼は私のようにくよくよと思い詰める性格ではない。
自分もやがてその時が来るだろうと達観しているようであった。
明日は我が身だとは思わないのだ。その時はその時のことなのである。
私はそんな彼を尊敬してやまない。まるで人生の師のようでもあった。
生きている限り死は免れない現実だと思う。
私は必死の思いで命にしがみついているけれど愚かなことなのだろうか。
何かひとつでも手放すものがあるのかもしれない。
それが分からないままただただ明日の扉を開こうとしている。
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