連日の夏日。蒸し暑さはなく初夏らしさをたのしむ。
明日は雨だそうで一気に気温が下がりそうだ。
梅雨入りも近いことだろう。季節はもう後戻りできない。
田辺聖子の「楽老抄」を読んでいてずいぶんと励まされる。
どうしようもなく老いて行くけれど嘆いてはいられない。
せつなくてならなかったけれど哀しんでばかりいてどうする。
田辺聖子風に言うと「あほとちゃうか」と笑い飛ばしてしまいそう。
ここ数日母からの着信が多く少し途惑っている。
それは先日亡くなってしまった母の友人の妹さんのことを
つい口を滑らせて母に話してしまったからだった。
知らないままでいたほうがどれほど母の為だったか
今さら後悔しても遅いけれどずっと秘密にしておくべきだったのだろう。
母はそれ以来ずっとその妹さんのことを考えているらしい。
「どうして死んだんやろうね?」と何度も私に訊ねる。
「分からんよ知らんよ」とそのたびに応えるしかなかった。
病死なら諦めもつくだろう。母もそれほど心を痛めなかったかもしれない。
「さびしくてたまらない」母の言葉が私の胸を刺すばかりだった。
老いれば老いるほど死は身近になってくる。
与えられた命を全うしてこそ「生きた」と言えるのだろう。
自ら命を絶つことは「生きられなかった」としか言いようがない。
もしかしたら母は悔しくてならないのかもしれない。
残念でならずなんとかして自分の気持ちを宥めようとしている。
そんな母に寄り添っていてあげなくてはと改めて思うのだった。
「あほは死なななおらへん」田辺聖子は決してそう言わない。
「生きてこそなんぼのもんや」胸を張ってそう言うだろう。
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