| 2022年05月21日(土) |
生きてさえいてくれれば |
二十四節気の「小満」あらゆるいのちが満ち満ちていく頃。
道端の雑草にもいのちがあることを忘れてはならない。
小雨が降ったりで生憎の天気だったけれど今は茜色の空が見えている。
黄昏ていく景色の中に鳥たちのさえずりも聴こえのどかな夕暮れ時となった。
息子が仕事だったためけい君を預かっていたけれど
娘達は出掛けておりあやちゃんもめいちゃんも居ない。
それでも寂しがりもせずよく辛抱したものだと思う。
息子が「おかあさんのところに遊びに行くか?」と訊いたけれど
けい君は笑顔を見せず首を横に振るばかりだった。
ちいさな心が葛藤しているのを感じられ不憫でならなかった。
そういえば弟もそうだったと遠い昔の記憶が蘇って来る。
小学4年生だったから今のけい君とほほ同年代だった。
弟も涙ひとつ見せず必死の思いで耐えていたのだと思う。
それは私も同じだったけれど男の子は特に母親を恋しがるものだった。
父も姉である私も母の代わりにはなれなかっただろう。
けれども弟は家族に甘えることもせず立派に成長して行ったのだった。
それがどれほどの大きな試練だったか今更ながらに感慨深く思う。
けい君は決して母親に捨てられたのではない。
ただ母親と一緒に暮らせない現実を受けとめようとしているのだろう。
生きてさえいてくれればと私も弟もどんなにか願ったことだろう。
今思えばながい人生のほんの一部分の些細なことだったかもしれない。
|