曇り日。午後には薄っすらと陽射しがあった。
爽やかな風が吹きいかにも五月らしい。
土手にはチガヤの若い穂がちろちろと揺れ
野あざみやしろつめ草。川辺には野ばらが咲く頃になった。
どれも家の中ばかりに居ては気づかない季節の花達である。
ずいぶんとご無沙汰していたお大師堂。
花枝(しきび)はそろそろ限界のようで持参しなかったことが悔やまれる。
お供えのお菓子もすっかり無くなっていた。
前回来た時に戸棚の中に隠しておいたお菓子が忽然と消えている。
そもそも隠すという行為がいけなかったのだろう。
いっそお供えしておけば嫌な思いをせずに済んだものをと思う。
起きてしまったことは仕方ない。誰を責められようか。
じいちゃんが一人で川仕事に行っていたので様子を見に行く。
海苔網の撤収作業はすでに終わり後は竹杭のみとなっていた。
収穫ゼロのままの撤収作業はとても虚しいことだけれど
明日から私も手伝い一気に片づけることになった。
国交省から借りている漁場なのでなんとしてもやり遂げねばならない。
お仲間さん達もどんなにか虚しいことだろう。
けれども誰一人嘆く人もなく皆がまるで任務のように精を出している。
自然相手のことで恵まれる年もあれば不運に終わる年もある。
ようは何事も受けとめる気持ちが必要なのだろう。
もがけばもがくほど追い詰められるだけだった。
いつもあっけらかんとしているじいちゃんには頭が下がる。
私も二足の草鞋を履かずに済み救われたのかもしれない。
家計にはとても厳しい春だったけれど
それもなんだか些細なことに思えるのだった。
明日はもう八十八夜。季節はゆっくりと夏になろうとしている。
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