早朝にはぽつぽつだった雨がやがて本降りとなる。
田畑にはきっと恵みの雨となったことだろう。
今日は地区の「お大師さん」の行事があったようだ。
「春大師」とも呼ばれており毎年4月21日頃に供養を行っている。
大師堂は明治時代に建立されたもので地区民たちの篤い信仰を受け
今もなおそれが引き継がれておりパワースポットになっている。
お堂の老朽化に伴い昭和の時代に一度建て替えが行われたらしいが
お大師さんの像は明治時代の物がそのままの形で残されている。
昔はきっと沢山の人がお参りを欠かさなかったことだろう。
今は私も含めわずか数人となったけれど
地区の行事として毎年の供養を執り行ってくれていることは有り難い。
夕方土手の道を重そうなリュックを背負って歩くお遍路さんが見えた。
今夜はきっとお大師堂に灯りが点っていることだろう。
私は信仰心があるのか今もってよく分からない。
管理のこともあり半ば義務的に足を運んでいるのかもしれない。
ただお参りに行った時にはとても清々しい気持ちになるのだった。
自室の小さな仏壇にはお大師さんの像と父の遺影を供えて在り
毎朝お線香を立て般若心経を唱えることは欠かさなかった。
その時も父の供養なのかお大師さんの信仰なのか区別がつかない。
どちらにも伝わるように「ありがとうございました」と声にしている。
苦難から救われたようなことがあった時には
父が見守っていてくれていたのだと信じる気持ちが大きくなる。
涙声で般若心経を唱える朝も少なからずあった。
それはやはり父への感謝に他ならずお大師さんは父の傍らにいて
お大師さんが父を守ってくれているような気がするのだった。
四国巡礼を結願した父の納経帳は大切な遺品として私の手元にある。
父に信仰心があったのかは定かではないけれど
父にとってそれが宝物のように尊いものだったことは確信している。
父はきっと天国でお大師さんに会えたのに違いない。
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