雨あがりの爽やかな晴天。新緑がきらきらと眩しい。
いちばん好きなのは柿の葉だろうか艶やかな薄緑が空に映える。
樹が生き生きと空に手を伸ばしている。まるで命そのものであった。
「冬の背にそっと息を吹きかけて別れ道まで見送っていく」
この句は先月の春先に高知新聞に投稿した短歌なのだけれど
思いがけずに一席に入選し頬をつまみたい程に私を驚かせた。
それがそのままでは終わらずに今度は3月の月間賞に選ばれた。
それも一席という信じられない結果となる。
早朝新聞を読んでいたじいちゃんが「おい、早く来てみろ」と叫び
奇跡のようなその紙面に釘付けになってしまったのだった。
「たいしたもんじゃないか」その一声がどんなに嬉しかったことだろう。
認められたい欲はすでに手放したつもりであった。
あるのは微かな自尊心だけでそれは自信に繋がりもしない。
ただ「負けるもんか」その一心で今まで書き続けて来たのだと思う。
いつかきっと報われる時が来るだろうと夢のように思ってもいた。
そのために種を撒く。きっと芽が出ると信じてやまなかったのだ。
これは昨日のことでここに書き記すのはよそうと決めていた。
自慢話だと受け止められるのが嫌だったし
自惚れていると感じられるのも避けたかった。
けれどももし私を応援してくれている人が一人でも居てくれたら
その人に真っ先に知らせたい気持ちが徐々につのって来たのだった。
きっと自分のことのように喜んでくれるに違いないと信じてやまない。
私はこれからも種を撒き続ける。
美しい花になどなれなくてもいい。
ただ小さな芽を「いのち」のように育てていきたいと思う。
老いていく切なさの中でどれほど私が生きていたかをこの世に残したい。
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