最高気温が23℃まで上がりすっかり春らしい陽気となる。
帰り道の県道で見かけた若いお遍路さんは
半袖Tシャツにハーフパンツのいで立ちであった。
歩き続けていると汗ばむほどの陽気だったのだろう。
ふくらはぎには湿布を貼ってあり気になったけれど
颯爽と歩いており痛みは峠を越えているように見えた。
荷物が少なかったので野宿ではなさそうだった。
今頃はきっと宿で疲れを癒していることだろう。
健脚ならば明日は伊予路に入るだろうと思う。
40番の観自在寺は静かでとても落ち着く札所である。
今日は他にも6人のお遍路さんを見かけたけれど
誰一人して声を掛けることも出来ずただ会釈を繰り返すばかりだった。
思い起こせば今までたくさんのお遍路さんと出逢い
一期一会のご縁を頂いたけれど
以前は毎日だったお大師堂にも最近はすっかり足が遠のいている。
行動無くしてはその機会もないのが当然のことだろう。
私が変わったのではなくただ老いてしまっただけのことかもしれない。
疎かにすることが随分と多くなったように思う。
朝の道でもきっかけさえあればと心しているけれど
声を掛けるタイミングも掴めないのがもどかしく感じている。
この年にもなるとなかなか思うように積極的にはなれないものだ。
臆病にもなり声を掛けることに躊躇ってしまうことも多くなった。
きっかけが無ければ自分で作れば良いとも思うけれど
それもお節介に成り兼ねずついつい善悪に心を奪われてしまうのだった。
日々は流れていくばかり。やがて季節も春から夏に変わるだろう。
私はただ指を折りつつ土佐の幡多路を歩くお遍路さんを数えている。
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