ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2022年04月03日(日) ひまじんネット

今朝は真冬のような寒さとなる。

「花冷え」と受け止めていても途惑わずにいられなかった。

日中もあまり気温が上がらず肌寒い一日となる。


PC内の古いフォルダーを整理していたら「梨の花」の写真を見つける。

日付は2002年3月28にとなっておりなんと20年前の写真だった。

おぼろげな記憶ではあったが確かに梨畑に行ったことを思い出す。

デジカメを買ったばかりの頃であり行動力もあったのだろう。

他にも海の写真が多くあり独りで砂浜を歩いたことも懐かしかった。

45歳の私はまだ女盛りだったのかもしれない。

海を見ながら感傷に浸っている姿は気恥ずかしささえ感じる。


その頃の写真の殆どが「ひまじんネット」にアップされており

多くの方とコミュニケーションがあったようだった。

コメントは「つっこみ」と呼ばれておりそれは沢山あって

返信がとても大変だったことも今となっては懐かしい思い出である。

まさに「暇人」でなければ到底出来兼ねない有り様であった。


「四万十オフ会」と称し全国からお仲間さんが集まったこともある。

当時高知大学の学生だったD君と二人で段取りをして

東京、埼玉、京都、和歌山とお仲間さんがはるばる四万十へ来てくれた。

ネット空間だけの繋がりで顔も知らなかった人達と会える喜び。

なんだか信じられないようなことが現実になったのだった。

パンドラちゃん。夢楽堂さん。PAOさん等

それぞれの本名も分かり親密感はいっそうに増したのだった。

ずっといつまでも続く縁だと信じてやまなかったのは言うまでもない。


しかしその親密感が災いしたのかその後「破局」が訪れた。

パンドラちゃんと夢楽堂さんが晴れて結婚することになり

都内で行われる結婚式に私はどうしても出席出来なかったのだ。

旅費はもちろんのこと仕事に追われる毎日で諦めるしかなかった。


その寂しさをありのままにこの日記に記したのがいけなかったようだ。

「祝福」よりも寂しさが勝っていたのだろうと思う。

日記を読んだパンドラちゃんからすぐに絶縁状のようなメールが届く。

そこには「絶対にゆるさない」と書かれてあった。


縁とはこれほどまでに儚いものだろうかと悲しくてならなかった。

同時に不本意にも彼女を傷つけてしまったことが悔やまれた。


「ひまじんネット」はすでに退会していたけれど

その後の私はネット空間に異常なほど慎重になっていた。

深入りをしないこと。親身にならないこと。そうして好意を持たないこと。

すべてを守り切ることは出来なくて今に至っているけれど

私は私なりのネット人生を歩んで来たのだと思っている。


去る者は追わず来るものは拒まずでもあった。








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