とうとう弥生三月も晦日。駆け抜けたような日々であった。
冬から春へと季節の変わり目でもあり
三寒四温を繰り返しながらやっと春らしくなったこの頃である。
はらはらと散り始めた桜。それは儚くもあるけれど
凛とした潔さも感じられ心を打たれるばかりであった。
憐れだと嘆くことは決してするまいと思う。
散り際も美しく花の命を全うした姿なのだろう。

今日も仕事が忙しく一時間程の残業を終え帰路に就く。
帰り道で思わず「やったね」と声をあげていた。
なんとも心地よい達成感に満たされていたからだろう。
少しも疲れを感じないのがその証拠ではないだろうか。
する仕事のあるのは本当に有難いことだととつくづく思った。
明日からもしばらくは忙しい日が続きそうだけれど
遣り甲斐を感じつつ乗り越えて行きたいと思っている。
時には老体にムチを打とう。それが精一杯に等しいのではないだろうか。
帰宅したらテーブルの上に娘が用意していたあやちゃんの昼食が
手を付けられずにそのまま残っていた。
じいちゃんに訊いたら朝食が10時と遅かったようで
お昼には「まだ食べたくない」と言ったのだそうだ。
子供部屋をのぞいたらお昼寝をしていたらしくごろりと横になっていた。
お腹も空いていないと言うので夕食の時間までそっとしておく。
娘が海老の天ぷらで「天むす」を作ったら大きなのを二個も平らげる。
その姿がまるでビーバーのように可愛らしかった。
まだまだあどけない姿と思えば胸のふくらみについ目が向く。
もうすぐ10歳。それはもう少女の姿に他ならなかった。
孫たちの春にはいったい何が待ち受けているのだろう。
悲しいことや辛いことがありませんようにと願ってやまない。
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