寒の戻りだろうか。日中も気温が上がらず肌寒い一日だった。
高知城下の桜(ソメイヨシノ)が咲いたそうで
全国に先駆けて開花宣言がある。
同じ高知でも四万十の桜はまだ蕾が固いように見え
咲き始めるのは彼岸明け頃ではないだろうか。
10時にカーブスへ行き終わり次第に職場に向かう。
自動車道で事故があったらしくパトカーが4台も停まっていた。
徐行しながら通り過ぎたけれど2台の車が損傷しているのが見えた。
高速道路なのでかなりのスピードが出ていたことだろう。
明日は我が身と思いつつ気を引き締めて慎重に走った。
工場の仕事はなんとか一段落。まだ後の予約が控えているけれど
それはまた連休明けの事として今日は肩の荷が下りたような気がした。
同僚のお給料は週給制なので少し奮発して支給する。
経営者側に立てば労う気持ちがとても大切に思うのだった。
高齢者のお客さんが多いけれど今日は珍しく20代の若者。
子供の頃に会ったきりだったのがすっかり好青年になっていた。
両親の離婚を経験しており女手一つで育てられたと聞いていたが
明るくて素直で少しも「陰」を感じることはなかった。
「お父さんには会っているの?」そこまで口に出掛けたけれど躊躇する。
もし絶縁状態になっていたら傷つけてしまう恐れがあった。
青年が帰ってから1時間程してその「お父さん」がやって来る。
まさにニアミス状態で父と子の再会が叶ったのかもしれなかった。
立派に成長した息子の姿を見せてあげたかった気持ちがつのる。
もし離婚してから一度も会っていないのなら尚更のことであった。
けれども「会いたくはなかった」と言われればそれまでのこと。
私にとってはとても他人事には思えない出来事であった。
もし45年前に私が母を頼りにしなかったら
私と母はどうなっていたのだろうと思う。
父を犠牲にしたように母を犠牲にしてしまったかもしれない。
母は死んだものと思い平然と暮らしていたのかもしれなかった。
切っても切れない血縁だとしても「会わない」選択は出来ただろう。
そこまで考えてしまうと私の今の暮しは消滅してしまうのだった。
母と再会したからこそ今の暮しがあるのだと思う。
あの時の私の選んだ道は決して間違ってはいなかったのだ。
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