冬の背にそっと息を吹きかけて別れ道まで見送っていく
今朝の高知新聞の「高新文芸」に私の短歌が一席に選ばれていた。
すでに落選慣れしており今朝も落選と思い込んでいただけに
あまりにも思いがけず胸に熱いものが込み上げて来た。
認められたと思っても良いのだろうか。いやそれは違うだろう。
まだまだ精進しなければいけない一歩なのではないだろうか。
新聞を見たと言って小学生時代の恩師からメールを頂く。
4年生の時の担任で先生は大学を出たばかりの新任教師であった。
半世紀以上の歳月が流れているけれど今もその縁が続いている。
先生にとって私はとても印象深い生徒だったそうだ。
国語の授業になると真っ先に私を指名し教科書を読ませる。
それが頻繁になりとうとう「贔屓している」と陰口を叩かれるようになった。
私も辛かったけれど先生はもっと辛かっただろうと思う。
あまりの攻撃に耐えきれず先生は教壇でおいおいと泣いたこともあった。
その時のなんとも居たたまれなかった気持ちは今でも鮮明に憶えている。
転校生だった私と新任教師だった先生との間に絆のようなものが芽生えた。
数年前に山里で同窓会があった時、先生ははるばる訪ねて来てくれたそうだ。
私は出席しておらず後になりずいぶんと悔やまれたことだった。
友達が写真を届けてくれ昔の面影を残したままの先生の笑顔に会えた。
70代とは思えない若々しさで凛とした美しさがあった。
「これからもずっと高新文芸を楽しみにしているから」と言ってくれる。
私の名を探し続けていてくれたのだろう。ほんとうに有難いことだった。
短歌も詩も自信はなくただ認められたい「欲」ばかりが先走る。
その欲に善悪を決めつけるにはあまりにも未熟な私であった。
ただ励みに思い救われたような安堵感で満ちた一日となった。
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